天秤の右腕
31
ラクスは小さくメロディを口ずさんでいた。同じようなそれを何度も繰り返す。そうしてようやく気に入ったメロディができたのか。手元の五線譜に書き込んでいた。
それを何度か繰り返したときだ。
「お嬢様。アスラン様から連絡が入っておりますが」
メイドの一人がこう告げる。
「わかりました」
その言葉にペンを置くと彼女は立ち上がった。
「ここはこのままにしておいてください」
そう指示を出すとラクスはそのまま歩き出す。目的地はもちろん、通信施設のある部屋だ。
「ラクス様、アスラン様とは繋がっております」
そう言う執事にうなずくとラクスはその部屋へと足を踏み入れた。
「どうかしましたか?」
そしてモニターに映っているアスランに問いかける。
『あぁ……一応、キラに渡すマイクロユニットが完成したんだが……』
「まぁ、完成しましたの」
にこやかにそう言い返す。
「でも、何かがご不満ですのね?」
『あぁ』
そう言いながらアスランは手にしていたものを持ち上げてラクスに見えるようにする。
「随分と大きいですわね」
ハロと同じくらいの大きさではないか。そう続けた。
『まぁ、これは試作だから……それでも言われた機能はすべて詰め込んだんだがな』
さすがにこれをキラに渡すのは、とアスランはため息をつく。それに関してはラクスも同意見だ。
『何よりもこれの駆動時間は短い』
内部電源でフォローしきれないぐらい電力を喰う、と彼は続ける。
『原因はわかっている。それで相談なんだが……』
ここで用件がようやくわかった。
「なんでございましょう」
『削るとして、攻撃と通報、どちらがいいと思う?』
どちらも電力を喰う。二つのうち一つだけならば電力の問題は解決するし、大きさもかなり小さくできるのだが。アスランはそう続けた。
「そのどちらかでしたら、攻撃でしょうね」
通報装置の方が重要だろう、とラクスは言い返す。
『そうか……』
ならば、と頭の中で設計図を書き始めたのか。アスランの反応が次第に遅くなっていく。
「いっそ、どちらも作られればいいのに」
そんな彼に向かってラクスはこうつぶやく。
『あっ……』:
気がつかなかった、と言うように彼は顔を上げた。
「全く……一つにまとめなくてもよろしいものを……」
ラクスはそう言ってため息をつく。それにモニターの向こうのアスランが呆然としていた。
「なぜ、気がつかなかったんだ、俺は」
ラクスに指摘されるまで、とアスランはそうつぶやく。
「だが、これでなんとかなりそうだ」
別段一つにまとめる必要はなかったんだ、と彼はそう続けた。攻撃と通報、別々に作ればいい。万が一どちらかが壊れてもそうなればなんとかなる。
しかし、なぜこんな簡単なことに気づかなかったのか。
設計図を引き直しながらアスランは首をひねる。
「護衛用のマイクロユニットは一つでなければいけないという思い込みのせいか?」
だとするならば、自分であきれるしかないが。アスランはそう続ける。
「多分そうだろうな」
あるいは、と心の中で付け加えた。ラクスに一つしか贈っていないのに、キラにそれ以上贈れば何を言われるかわからないから、と考えていた可能性は否定しない。
ばかばかしいが、とアスランが心の中で付け加えたときだ。
「アスラン様、パトリック様がお戻りになりましたがどうなさいますか?」
部屋の外からメイドの声がする。
「夕食時に顔を出すから、今は放っておいてくれ」
即座にそう言い返す。
せっかくいい感じに進んでいるのだから、今は邪魔されたくない。
「かしこまりました」
自分のそんな性格を知っているからか、メイドはそれ以上食い下がってくることはなかった。一言こう告げると部屋の前から立ち去る。
その気配にアスランはため息をつく。そして意識を切り替えると、目の前のパーツへと集中する。
駆動系の基本はそのままに、二回りほど小さくする。ただし、駆動系のパーツはそのままに、だ。
そして、攻撃用は音波で、通報用は通信機器を組み込んでいく。
「これよりもよいパーツがあったような気がする」
そうつぶやくとアスランはパーツボックスを引き寄せる。そして、中を確認した。しかし、目的のものは見つからない。
「……仕方がない。買いに行くか……」
アスランは即座にそう決断する。そして、そのままジャケットに手を伸ばすと立ち上がった。
「夕食は父上といっしょに、と言った以上、それまでにはもどっで来ないとな」
時間的余裕はそんなにない。だから、急がなければ。そう心の中でつぶやくと、アスランは部屋を後にした。