天秤の右腕
30
「それで、君は何のプログラムを作っていたのかね?」
ラウが改めてそう問いかけてくる。
「前に作ったプログラムの改良です。ミナ様に頼まれていたので」
本土で使うセキュリティの改修だ、とキラは言外に続けた。
「なるほど」
確かに重要だね、とラウはうなずく。
「どこにバカが潜んでいるかわからないからね」
さらに彼はこう続ける。
「……バカ、ですか?」
それにキラは首をかしげた。
「いったい誰のことを言っているのでしょうか」
さらに彼はこう続ける。
「もちろん、オーブのライブラリを覗こうとするバカのことだよ」
にこやかな表情でラウがこう言った。
「それならばわかります」
他にも、カガリに声をかけようとするバカとか、軍で好き勝手しようとするバカとかがいるらしいけど、とキラはうなずく。
「それはすべて同じ人物ではないのかな?」
「……違うと思いますけど……」
ただ、どちらにも該当する人物は知っている。つぶやくようにそう付け加えた。
「まぁ、そうだろうね」
あれはない、あれは……とラウもつぶやく。
「ともかく、だ。休憩にしなさい。でないと、本当にレイが押しかけてくるよ」
「それはちょっと……」
一人の時間がなくなるのはきつい。だから、勘弁してほしいのだが、と思いながらキラはため息をつく。
「わかりました」
確かにおなかもすいてきたし、とキラは心の中でつぶやいた。
「いい子だね、君は」
そうすればなぜかラウがキラの頭をなでながらこう言ってくる。
「僕はいい子ではないと思いますけど」
あるいはそう言われるには少し年が行っているのではないか。そう付け加えながらラウを見上げる。
「君はいい子だよ。私がそう言うのだから間違いはない」
ラウはそう言うとキラの車いすを移動させた。
その頃ギナはある男と面会していた。
「……つまり、そちらは今まで通り中立を保つと?」
「そう言うことよの」
静かな声音で問いかける男にギナはうなずいてみせる。
「少なくともウズミとその後継がいる間はな」
それ以降は保証できぬ、と彼は続けた。
「なるほど」
確かにそうだ、と男──パトリック・ザラはうなずく。
「誰も未来のことは確約できぬな」
彼はつぶやくように口にする。
「しかし、それで十分とも言える」
我々に必要なのは《今》の保証だけだ。未来のそれはそのときになってから考えればいい。彼はそう続ける。
「確かにの」
ギナはそう言ってうなずく。
「では、我はこれで」
これ以上話をする必要はないだろう。そう考えてギナは立ち上がろうとする。
「少し待ってくれないかな?」
そんな彼をパトリックは呼び止めた。
「何かな?」
早くキラの元へ戻りたかったのに、と思いつつギナは視線を向ける。
「……愚息のことなのだが」
言いにくそうに彼はこう告げた。
「ご子息の?」
「あぁ……私が言うのも何だが……あれは思い込んだら一直線というところがある」
今のところキラに執着しているらしい、とため息交じりに彼は続ける。
「幼い頃、一緒にいたらしくてな」
その言葉にギナは記憶の中を探った。そうすればすぐにキラのそばにいた少年の顔を思い出した。
「……月にいた頃か」
「覚えておられたか」
「印象的すぎてな」
ため息とともにギナは告げる。
「まぁ、よい。キラの両親のことを口にしなければかまわぬ」
あれは両親の死を表面上は受け入れている。しかし、心の底では認めていないのだ。だから、とギナは続けた。
「あれの精神をかき乱すようなことだけは許さぬ」
「……心するように言っておこう」
ギナの言葉にパトリックはこう言い返す。それを合図にギナは立ち上がった。