天秤の右腕

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「ギナ様? どうしてこちらに?」
 彼の姿を確認した瞬間、キラはそう問いかけていた。
「カガリが心配しての。本人が『確かめに行く』と言うのをあきらめさせるために我が来たのよ」
 あれはナチュラルだから入国できない、とギナは苦笑を浮かべる。
「それでもだだをこねたのでな。姉上に押しつけてきたわ」
 代わりに自分が状況を確認するために来たのだ。ギナはそう言って笑う。
「……すみません……」
 忙しいであろう彼にわざわざ足を運ばせて、とキラの方が申し訳なくなった。
「ラウ達を信用しておらぬわけではないが、我がこの目で確認したかったのよ」
 まずはキラの無事を。それからプラント側の状況を、とギナは続ける。
「そうでなければ姉上達も対処がとれまい」
 あれこれと手ぐすねを引いて待っているらしいからな、と彼は笑った。
「姉上がこちらに来ると言う話もあったが、カガリが暴れておるからの。我よりも姉上の方があれの対応にはなれておる故」
 自分が下手に手を出すとすぐに婚約と言い出すものがいるから、と言われてレイが大きくうなずいているのが見える。どうやら彼もそれなりに経験があるらしい。
「カガリの婚約は決まったのではないですか?」
 セイランと、とキラは問いかける。自分がプラントに来る前そう言う話になったと聞いていたが、と続けた。
「ほぉ……誰からじゃ?」
 低い声でギナが問いかけてくる。
「ユウナからですが?」
 病室に来てそう宣言していった、とキラは言い返す。
「……何を考えているのだ、あれは」
「瀕死の重傷を負っている人間にさらにストレスを与えるとは」
 それにギナとギルバートが怒りを隠しきれないという様子でそうつぶやいている。
「二人とも。そこまでにしておいてください。キラさんがおびえています」
 そばにいてくれたレイがそう言わなければどうなっていただろうか。
「あぁ。すまなかったね」
「……すまぬな。さすがにあのバカの愚行はちょっと許しがたかったのでな」
 カガリに対する言動も含めて、とギナは続ける。だが、それがキラの心に引っかかった。
「カガリに何か?」
「何時ものことよ。強引に事を進めようとして、カガリが姉上の所に逃げてきただけだな」
 本人が望んでおらぬことだから、ミナもそんな彼女を追い返すはずがない。だから、セイランはうかつに彼女に手を出すことができない。
 それでも本人が不在であることをいいことに、自分たちに都合のよい情報を広めようとしていた。それがウズミ達の怒りに油を注ぐことになっている。
 おそらく近いうちにそれに関しては決着がつくだろう。ギナはそう言って笑った。
「何。あれはアスハの後継よ。あれが望まぬ婚姻は我らも認められぬからな」
 何よりも、と彼は続ける。
「セイランごときの遺伝子をアスハに入れるわけにはいかぬ」
 アスハにはオーブの理念をたいげんしてもらわねばならぬから、とギナは言い切った。
「第一、あれの遺伝子だぞ。いくらカガリが優秀でもバカが生まれかねん」
 そこまで言い切るか、とキラは心の中でつぶやく。だが、言われてみれば納得するしかない。
「お前に余計なことを吹き込んだことも含めて徹底的にたたくよう、姉上には頼んでおく」
 喜んで教育的指導をしてくれるだろう。たたいても性根が治らぬようなら、後は飼い殺しにするしかないだろうが。そうも彼は言う。
「……後者の可能性の方が高いような気はするが?」
 ギルバートが苦笑とともに問いかけた。
「民が困らぬのだ。かまわぬであろう」
 重要なのは民衆が平穏に暮らせることではないのか。そのためならば上のものはどのような苦渋でも飲むのが当然だろう。ギナの言葉にうなずくことすらできない。
「確かにね。本人がどう思うかわからないが」
 まぁ、いくら言っても理解できない人間がトップに座っていては皆のためにならないね……とギルバートも同意をする。
 彼もそう言うのであればそうなのだろう、とキラは判断した。政治的なことはわからないから、と心の中でつぶやく。
「だから、お前は何も気にすることはない。むしろカガリを落ち着かせるための手助けをしてくれた方が有意義よな」
「はい」
 それで皆の負担が減るのなら、とギナの言葉にキラは首を縦に振って見せた。

「まずい……まさか失敗するとはまずい……」
 そう口にしながらウナトは書類を手当たり次第箱に詰めていく。
 もし、これらがアスハやサハクの手のものに渡ったらどうなるか。
 いや。それ以上に彼らが自分たちを見逃してくれるとは思えない。
 せめてもの救いは重要なことはすべて書面で連絡をしていたことか。
 指示を出したものがメールで連絡をしていたとしても、そこに自分が絡んでいるとはわからないはずだ。わかったとしても明確な証拠がなければ言い逃れが可能だろう。
 だから、これらさえ処分できれば当面はなんとかなるはず。
 しかし、サハクがそう簡単にそれを許してくれるだろうか。
「……これさえ燃やせば、サハクでもどうすることもできないはず」
 それも一刻も早く、と彼は手を動かす。
「パパ。呼んだ?」
 そこにユウナが顔を見せる。
「手伝え。ここにある書類をすべて箱に詰めなければならん」
「……使用人にやらせればいいじゃん」
「馬鹿者! そんなことをすれば、誰に中身を知られるかわからんぞ。その結果、我が家が没落してもいいのか?」
 そうすれば今までのように権威を盾に好き勝手できなくなるぞ。ウナトはそう続ける。
「それは困るかなぁ」
「そう思うなら手伝え!」
 ウナトの言葉にユウナは渋々と手を動かし始めた。
 もっとも、この程度で失態がごまかせるとはウナトも考えてはいない。
 では、どうするべきか。
 一番いいのはあの子供を連れ戻すこと。それができないとなれば、あれが持つプログラムにかけられたプロテクトを外すことだろう。
 それができそうなのは誰か。ウナトは必死に考えていた。

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最遊釈厄伝