天秤の右腕

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「あと少しで合流地点だな」
 犯人の一人がこうつぶやく声が耳に届いた。と言うことはここに侵入してきたのは彼らだけではないと言うことか、とキラは思う。
 その事実をラウ達は知っているのだろうか。
 彼らのことだ。その事実を知らなかったとしても適切な対処をとってくれるだろう。しかし、知っていれば被害が少なくてすむのではないかとは思う。
 同時に、自分たちを連れ戻すにしてもどうしてこうも悪手を打つのかと思う。
 真摯に謝罪をし、その上できちんと条件を提示してオーブへの帰還を促したのならば、あるいは応じたものがいたかもしれない。
 だが、自分たちの希望すら聞かずに強引に事を運ぼうとする人間に誰が従うというのだろうか。しかも、そのために親しくしてくれたもの達を傷つけられたとなればなおさらだろう。
 逆にオーブに対する不信感が高まったのではないか。
 個人的に言えば、それはまずい状況だと思う。
 ひょっとして、それが狙いなのだろうか。その可能性もあるな、と心の中ではき出す。
 ここから無事に解放されたらミナに連絡を取って注意を促した方がいいだろう。
 問題は、いつ迎えが来てくれるかかもしれない。
 実を言えば、先ほどから微妙に頭痛がしているのだ。怖気までは行かないが、ちょっと寒いような気がする。これは熱が出る全長だろう。
 できれば意識を失う前に来てほしいな、とキラは心の中でつぶやく。そうすればラウ達が来てくれたときにかける負担を減らせるはずだ。
 意識のない人質よりは意識のある人質の方が犯人達も扱いにくいはずだし。
 問題は体調だけだよね、と心の中でつぶやく。
 脚だけではなく精神も弱くなったのか。それとも、これは人である以上当然のことなのか。どちらなのだろうとも続ける。
 その答えを教えてくれるとすればギルバートだろう。
 でも、彼のことだ。にっこりとほほえんで適当にはぐらかしてくるかもしれない。それはそれで何かあるとわかっていいんだけど。
 そんなことを考えていたときだ。
「ダメだ! あいつらの方が動きが速い」
 盛大な舌打ちとともに男がこう言う。
「外の連中もあちらの部隊と戦闘中だそうだ」
 そのせいでこちらへのルートがすべてつぶされているらしい。そう続けたところから判断して、連中は点検用のゲートを使って出入りしていたようだ。
「どうする?」
 別の男がそう問いかけている。
「どうするもこうするもない。そのガキを連れて地球へ戻る。それ以外に俺たちがとれる選択肢はない」
 それが命令だから、とリーダーらしき男が言う。
「何を犠牲にしても、だ」
 そうだろうと言われて男がうなずいている。だが、男達の表情はどこか晴れない。
「そういうことだ。行くぞ」
 それをごまかすかのようにリーダーが言葉を口にした、まさにそのときだ。
「それは困るな」
 聞き覚えのない声が上から降ってくる。
「彼は俺たちの大切な同胞だ。返してもらうぞ」
 逆光で顔がよく見えない。だが、なぜかその声の主をよく知っているような気がした。

 耳元でコール音が鳴る。
「アスラン・ザラだ」
 小声でそう言葉を返す。
『パワードスーツらしきものを身にまとった敵兵を確保した。おそらくそちらの増援だったと思われる』
 やはり増援がいたのか、とアスランは心の中でつぶやく。
「了解。他にもいるのか?」
 とりあえず確認しておかなければいけないだろう。そう判断してこう問いかけた。
『こちらでは把握していない。少なくともそちらの近辺には確認できていないが』
「わかった。早々に片付ければいいだけだな」
 アスランの言葉に回線の向こうにいる相手も同意の言葉を口にした。
『状況が整っているのならば、先に動いていいとクルーゼ隊長からの伝言だ』
 彼のことだ。てっきり『自分が行くまで動くな』と言うかと思っていた。だが、それよりもキラの安全を優先したのだろう。
 それならば何の遠慮もいらない。
「わかった。では、すぐに行動に移る」
 今ならば相手も疲弊しているだろう。それに、連中はまだ援軍が捕縛されたとは知らない。その余裕がキラが危害を加えられる可能性を減らすのではないか。アスランはそう判断をした。
『了解した。くれぐれも人質を死なせるなよ』
「当然だな」
 キラだけ月にいた頃の母の話をできる相手なのだ。そうでなかったとしても、自分にとって彼はかけがえのない人間である。失うようなことをするわけがない。
「では、これより作戦に入る。通話ができなくなるが」
『安心しろ。フォローはする』
 スプリンクラーぐらいならば動かしてもかまわないだろう。その言葉にアスランは小さな笑みを浮かべる。
「あてにしている」
 そう続けると同行のもの達へと合図を送った。
 気配を消したまま、彼らは行動を開始する。
 数分後、犯人達を包囲するように彼らは位置をとった。
「どうするもこうするもない。そのガキを連れて地球へ戻る。それ以外に俺たちがとれる選択肢はない」
 男の一人がこう告げている。
「何を犠牲にしても、だ」
 キラの命だけは保証されたとみるべきか。それとも……と考える時間も惜しい。
「それは困るな」
 アスランはそう言いながら連中の前に姿を見せる。その瞬間、キラの視線が彼へと向けられた。それに歓喜がわき上がってくる。
 しかし、だ。
 その瞳はすぐに閉じられる。
 よく見れば顔色が悪い。
 間違いなくこいつらに連れ回されたストレスのせいだ。このままではまた倒れかねない。
「彼は俺たちの大切な同胞だ。返してもらうぞ」
 わき上がる怒りを押し殺してそう宣言する。同時に配置についていた仲間達が一斉に動き出した。

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最遊釈厄伝