天秤の右腕

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 プラント外周をパトロールしていた宇宙船が信じられない報告をしてくる。
「未確認のMSだと?」
 その言葉にパトリックも一瞬黙り込む。
「……状況から考えて地球軍のものと考えるべきだろうな」
 だが、すぐに彼はこう口にした。
「あちらもバカではない。鹵獲したジンから構造を解析するぐらいは可能だろう」
 そこから模倣し、さらに自分たちなりの改良を加えるところまでもできるのではないか。ナチュラルだと言っても無能もの揃いでないと言うことは知っているのだ。
 問題があるとすればただひとつ。
「ナチュラルにも操縦できるOSを開発したのか?」
 それとも、コーディネイターを洗脳し、自軍のパイロットにしているのだろうか。
「どちらにしろ厄介には違いない」
「確かに。それを解析するためにもサンプルがほしいね」
 いつの間に来ていたのか。ユーリ・アマルティがそう言ってくる。その隣にはオルソン・ホワイトの姿も確認できた。
「難しいだろうな」
「別に完全な形でなくてもかまわないよ。解析できる程度に残っていればいい」
 こう言ってきたのはオルソンだ。
「投降はしてくれないだろうからね」
 ユーリはこう言ってため息をつく。穏健派に所属している彼でも軍人がそう簡単に寝返らないことは知っているのだ。
 そんな彼の思考は時として邪魔だと思うこともある。
 同時に、オーブという国がなければプラントが存続できない以上、必要でもあると知っていた。
 オーブのアスハとサハクが中立という立場を崩さない以上、自分たちもそれを尊重すべきだと言うこともだ。
 それに、アスハのウズミもホムラもナチュラルであるにもかかわらずコーディネイターに対する害意を持たない希有な存在だ。そんな人間を見下すようなことは自分のプライド上できない。
 オーブでは今でも第一世代のコーディネイターが生まれているという事実も大きい。
「彼らの覚悟だけは認めてもかまわないだろうな」
 自分たちと同じように彼らも背負っているものがあるのだ。ただ、それが相容れないだけだろう。
 だが、それが自分たちにとっては重要なのだ。
 それを捨てたとき、我々コーディネイターはナチュラルの奴隷に逆戻りするだろう。
「確かに。だが、それと同胞を傷つけることとは別問題だがな」
 ユーリもそう言ってうなずいている。
「現在、あの一件に関わって周囲には味方のモビルスーツが展開している。彼らに対処させよう」
 意識を切り替えるとパトリックはそう告げた。
「……まさかとは思うが、それもあちらの狙いではないだろうね」
 ここから脱出するであろう拉致犯人達が逃亡しやすいように人目を集めようとしているのではないか。ユーリがつぶやくように口にする。
「可能性としては十分あり得るな」
 だからといって連中を放置するわけにもいかない。
「あちらの方はラウが動いておる。あれに任せておけば良かろう」
 人員もこれ以上割かなくていいのではないか。
 それよりもプラントを外部から攻撃される方が怖い。あの日のことは未だに民衆の記憶に色濃く焼き付いているのだ。だから、とパトリックは続ける。
「我々にとって重要なのはプラントを守ることだ。不本意だが優先順位はつけねばなるまい」
 あちらには十分対処できるだけの人数がいる。ならば、自分たちはこちらを優先すべきだろう。パトリックの言葉に他の二人もうなずいて見せた。

 どうやら連中はエレカと人質の大半を切り捨てたらしい。
「だが、徒歩だ。そう遠くに逃げられるはずがない」
 まして、彼らは体の不自由なキラを連れている。そうである以上、素早い移動は不可能ではないか。
 それにしても、とアスランは周囲を見回しつつもつぶやく。
「キラを捨てていくのが一番楽なはずなのに」
 自力で歩けない彼よりも歩けるものの方が人質としてはいいのではないか。
 それとも、と心の中で付け加える。
 本命がキラだから放置できないのか。
 そうだとするのならば、その理由は何なのだろう。
「隊長はご存じなのだろうが」
 自分には教えられていない。それが悔しい。
 それ以前に、自分とキラの交流すら阻害されているような気がするのは錯覚ではないだろう。
「……ラクスはあいつと会っているのに」
 これが八つ当たりだと言うことはわかっている。だが、どうして彼女だけがと思う気持ちを抑えられないのだ。
「それもこれも、あいつらが悪い」
 地球軍が余計なことをしてこなければキラだって巻き込まれずにすんだはずだ。
 そうであれば、もっと穏便な形で再会することも可能だっただろう。
「拉致犯人の居場所は確認できたか?」
 通信機のスイッチを入れると上空から監視をしているザフト兵に向かって問いかける。
『あぁ。ただし目的地がおかしい』
 こんな言葉が返ってきた。
「おかしい?」
『施設の外周へ向かっている。あそこには何もなかったはず』
 同時にアスランの端末へ地図が転送されてくる。犯人と思わしきものを示す光点は確かに施設の外周へと向かっている。だが、そこからはどこにも移動できない区画だ。
 犯人はそれを知らないのか。
 それとも、とアスランは目をすがめる。
「プラントの外郭部へ逃げ込む気か?」
 点検用の通路への入り口がなかっただろうか。そう思いながらつぶやく。
『今確認する』
 即座に言葉が返ってくる。
 答えが戻ってくるまでの時間はほんのわずかだったはず。だが、アスランにはとてつもなく長く思えた。

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