天秤の右腕
17
キラ達を乗せていると思われる車両はすぐに特定できた。
しかし、だ。
「反応が消えた?」
今までモニターに表示されていた車両のデーターが消えたという報告にラウは眉根を寄せる。
「目視での確認は?」
「追跡はできております」
つまり、どこかでデーターを書き換えていると言うことだ。
「……厄介だね」
管制データーの書き換えができる地位にまでブルーコスモスが食い込んでいると言うことだ。軍や立法府の中枢にいないとも限らない。
もっとも、とすぐに思い直す。
それを確認するのは自分の役目ではない。他に適切な人間がいるではないか。そちらに押しつけておけばいい。
ともかく、と思考を切り替える。
「目視で追跡をさせるように」
人質がいる以上、強引な制止は禁止する。そう続けた。
「了解しました」
即座に言葉が返される。
「我々のミスで傷つけたもの達だ。同じことを繰り返すわけにはいかないだろう?」
それでも念を押しておく。
「当然です」
ザフトの人間にはそれが理解できる。しかし、地球連合──いや、ブルーコスモスの連中はそうではないらしい。
人間としてどちらが正しいのか。
そう問いかけても、連中は『コーディネイターは人間ではない』と主張するのだろう。自分たちを生み出したのは彼らなのにだ。
「アスラン・ザラから報告です。宇宙空港をはじめとするプラント外へ出るすべてのルートを封鎖したそうです」
連中が秘密ルートを用意していなければどこかに引っかかるだろう。その言葉にラウはうなずいてみせる。
同時に、アスランの行動力に感嘆した。
どのような手段を使ったかわからないが、おそらく、機密に近い部分までプラントの構造データーを用意したのだろう。彼の立場ではそこまでするのにもっと時間がかかるはずなのだ。
だが、それならばそれでいい。
少しでも早くキラを含めたもの達を救い出すことが重要なのだ。
「ディセンベル周辺への配置も終了しています」
さらにこんな報告が届く。
「……さて……連中が自分たちの不利を悟っておとなしく人質を解放してくれればいいが」
おそらく難しいだろう。
だが、その命を奪われることはないはずだ。特にキラの場合、彼が死ねば彼の持つ権利はすべて自分に委譲される。そうなれば地球軍に対する特許の使用は完全に停止することになるのだ。
だから、たとえ彼の四肢を落とそうともその命だけは保証するはず。
だが、自分たちはこれ以上彼から何も失わせたくないのだ。
「……連中が停止したところで私も現場に向かう」
ラウの言葉に反論は出なかった。
急に減速したかと思えば大きく進路を変える。そのたびに自分たちを拘束している男達が忌々しそうに舌打ちをした。
つまり、この進路変更は男達の意図するものではないと言うことか。キラはそう判断をする。
「偽装は完璧だったのではないのか?」
「完璧だ。少なくともデーター上は三回ほど別の方向へ向かっていることになっている」
とげを含んだ声で問いかける男にドライバーが冷静に言い返した。
「ただ、外見は変えられないからな」
エレカの外装も変更できるならばおそらくあいては見失っていただろう。
しかし、そこまでの技術は現在、どこにも存在していない。
そうである以上、目視で追いかけられればごまかしようがないのだ。ドライバーはそう続ける。
その間にもエレカは何度も方向転換をしているようだ。それでも振り切れないのは、おそらく追跡してくる人間の技量がこちらのそれよりも上なのだろう。
間違いなくギルバートとラウが動いている。キラはそう確信する。
だから、この男達の言うとおりにはならない。自分たちは絶対に解放される。
もっともそれを口に出すことはできない。
下手に口に出して男達の不興を買えばどうなるか。そのくらいはキラでもわかる。
この男達にとって必要なのは自分たちの頭脳だけなのだ。命さえあれば他がかけていても問題はない。そう言い切れる連中に満足に動けない自分たちが逆らうことは難しいだろう。
だから、今はおとなしくしているしかない。
せめて携帯端末があればこのエレカの制御システムに侵入できるのに。
そうできれば自分たちを助け出そうと走り回っている人たちの援助になるのではないか。
だが、現実としては何もできない。
この状況から無事に解放されたら、こっそりと持ち歩いても目立たない端末をギナにねだってみよう。そう考えるのは、少しでも自分の心を鼓舞するためだ。そうでなければ何もできないことに落ち込みそうになる。
自分は皆の迷惑にしかならないのではないか。その不安がどうしてもぬぐい去れないのだ。
それでも、彼らがそれすらも楽しんでいると知っている。
何よりも自分が生きていることが両親が生きてきた証でもあるのだ。
だから死んではいけない。
そして、希望を捨ててもいけない。
何度も心の中でつぶやく。
「でも、早く迎えに来てください」
ラウ兄さん、と小声で付け加える。
もう家族と引き離されるのはいやだ。そう続けたときだ。
「ちぃっ!」
忌々しそうな声とともに急ブレーキがかけられる。
「車ではここまでだ。後は自力で逃げるぞ! 最重要の奴らだけ担いでいけ。他のは放っておいていい」
その方が霍乱になる、と男の声が車内に響く。同時にキラは自分の体が荷物のように抱え上げられるのがわかった。