天秤の右腕
16
「わかりました」
モニターの向こうにいるラウに向かってアスランは敬礼をする。
『今、別のものに拉致被害者を確認させている。わかり次第、そちらにも情報を送る』
自分もできるだけ早くそちらに戻る、と彼は続けた。
「はい」
できるだけ表情を取り繕いながらアスランはそう言い返す。だが、内心は怒りに満ちていた。
自分たちの都合で切り捨てておいて、そのくせ、必要になったから取り戻す。
まるで使うときだけ引っ張り出される道具のようではないか。
もちろん、それがただの道具であれば何の問題もない。
だが、彼らも普通の人間だ。それぞれの石がある。それを無視してまで連れ戻そうとするのは暴力と変わらない。
それに、とアスランは心の中で付け加える。
ラウは口にしなかったが、彼の態度から推測して被害者の中にキラがいるのではないか。
いや、彼がメインターゲットだったという可能性もある。
キラが持つ特許は地球連合だけではなくプラントでも重要な意味を持っている。
パトリックの話では、キラは地球軍に対し、その特許の使用を禁止したらしいのだ。しかも、今まで供与されたそれらも、現在は使えなくなっているとか。
だが、キラがそれを解除すればまた使えるようになるのだろう。
もちろん、キラがそれを素直に許可するとは思えない。だが、連中はキラが拒否していてもかまわないのだろう。
無理矢理言うことを聞かせる方法なら自分でもいくつか思いつく。
しかし、だ。
それは自分たちから《キラ》を奪うと言うことなのだ。
「あいつら……一度ならぬ二度もキラを傷つけるつもりか」
身体の自由を奪い、今度は思考までも規制しようとする。そんなこと、許せるはずがない。
「絶対にキラを取り戻す!」
アスランはそうつぶやくと、周囲のもの達の協力を得るために動き出した。
「……まさか、屋敷内部まで入り込まれるとはね」
ギルバートがため息とともにそう告げる。
「うかつだったよ。いったいどのような手段で入り込んだのか」
チェックが甘かったのか、と彼は渋面を作った。
「相手の方が一枚上だったのかもしれませんね」
ほほに絆創膏を貼ったレイが声をかけてくる。
「おそらくてこ入れがあったのでしょう。今まで以上に動きがつかめませんでした」
申し訳ありません、とレイが付け加えた。
「君だけのせいではない。だから、そんな表情をしなくてもいいよ」
ギルバートはそう言いながら彼の髪を優しくなでる。
「ラウがすぐに手を打っている。だから、キラは必ず無事に戻ってくるだろう」
その手を止めないまま彼はこう続けた。
「……でも……」
「大丈夫だよ。あの子は強い。だから、このくらいで壊れはしない」
傷ついたとしても、自分たちがそばにいるうちに癒えるだろう。
「それでも何かをしたいというならば、帰ってくるキラのために何か甘いものでも買っておいで。そうでなければ、ピアノを聞かせるとかね」
レイのピアノを彼は気に入っているから、と告げればようやく彼は納得したらしい。
「わかりました。キラさんの好きそうな曲を練習しておきます」
ピアノは無事だったようなので、とうなずきながらレイは口にした。
「あぁ。それは良かったね」
ピアノは自分やラウの資産を考えればそう高い買い物ではない。だが、プラントではすぐに用意できるものではないのだ。
キラが戻ってくるまでに一週間とかかるはずもない。それを考えれば、無事であればそれだけ早く彼の耳にピアノの音色を届けることができるだろう。
それはつまり、それだけ早くキラの精神状態を安定させられるということだ。
「……後は、あちらにも連絡を入れておかなければいけないね」
セイランが動いたと、とギルバートはため息をつく。
「本当に厄介な連中だ」
なんとかして駆除できないだろうか。後でミナにでも相談してみようと心の中だけで付け加えた。
せっかくの休暇だというのに、と思うながらディアッカはパイロットの待機場所へと飛び込んだ。そこにはもうミゲルの姿もある。
「何があった?」
駆け寄りながらそう問いかけた。
「ディセンベルでテロが起きたのは知っているな?」
逆に聞き返される。
「あぁ」
それでディセンベルは大騒ぎだ。だが、あちらの兵力だけで解決できるのではないか。
「アスランからの連絡ではそれが陽動で、どうやらメインの目的は例の事件の被害者の拉致らしい」
彼らが持つ技術力がなくなったことで地球軍に支障が出ているのではないか。アスランはそうも言っていた。ミゲルはさらにそう言葉を重ねる。
「アスランが隊長から聞いた話では、メインのターゲットはお前の親戚らしい」
さらに彼はこう言った。
「マジかよ」
それ以外、言葉が出てこない。
「あいつらを追い出したのは自分たちの方だろう」
それなのに何を考えているんだ、とディアッカはつぶやく。
「ともかく、だ。俺たちはディセンベル周辺で待機。万が一、連中がプラント外に出た場合、人質に配慮しつつ確保する。できるな?」
「当たり前だろう!」
そう言い返すディアッカの肩をミゲルが軽くたたいた。