天秤の右腕

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  14  


 軍の本部から帰宅しようとラウがエレカを呼び寄せようとしたときだ。端末の画面にエラーが表示される。
「何があった!」
 そばにいた兵士に向かって彼は怒鳴るようにそう問いかける。
「何者かに自動運行システムをハッキングされたようです」
 信じられない言葉に彼は眉根を寄せた。
「復旧までにどれだけかかる?」
 同時にいやな予感が彼の中でふくれあがる。そして、そういうときほど当たるのだ。
「はっきりとしたことは……」
 ただ、最低でも数時間はかかるだろう。その言葉にラウは脳裏で自分がとるべき手段を探る。
「すまないが、誰か至急、手動操縦のエレカを用意してくれないかね?」
 すぐに判断を下すとこう命じた。
「了解しました」
 言葉とともに駆け出す気配がする。それを感じながらもラウはまっすぐに外を見ていた。
「あいつが対策をとっていてくれればいいのだが」
 だが、この状況ではそれもダメになっている可能性がある。
「最悪のパターンを考えて行動すべきだろうね」
 ため息とともにラウはそう告げた。
「隊長?」
 どうかしたのか、と問いかけてきたのはアスランだ。
「アスランか……君は帰宅しないのかね?」
 ここに来たのがディアッカであれば話は早かったものを。そう思いながらも聞き返す。
「現状ではシャトルも止まっております」
 ディセンベルに戻ることはできない、と彼は続ける。
「……そうか」
 確かに、とラウはうなずく。
「ではここで待機をしているように。他の隊長達からの要請があれば動いてかまわない」
 自分はいやな予感がするから帰宅するが、と彼は続けた。
「目的がわかっていると?」
「推測だがね。ここにはあの事件でオーブから輸送されてきたもの達がいる。彼らが抜けた穴は予想以上に大きかったようでね。一番被害を受けているのは地球軍だそうだ」
 この言葉にアスランは目を見開く。
「……勝手なことを……」
「私もそう思うよ。多くのもの達はまだ病院に入院中だ。ただ、我が家にはあの子がいるからね」
 あの子はあれでも優秀なプログラマーだ。歩けないとしても──いや、歩けないからこそ連中にとっては垂涎の的だと言っていい。
「そういうわけだからね。私情も含んでいるが、確認しに戻りたいのだよ、私は」
 万が一、キラが相手の手に渡ればサハクとアスハが動けない状況になりかねない。それはプラントにとって大きなマイナスになるだろう。
 もっともその理由まで説明をするつもりはない。
「クルーゼ隊長。準備ができました」
 タイミングがいいことに、先ほど車の用意を命じた兵士が戻ってきた。
「今は一分一秒たりとも惜しいのでね」
 家には今、体の不自由な彼と使用人達しかいないはずだ。だから、少しでも早く顔を見せて安心させてやらなければいけない。
 言い捨てるように告げるとラウはさっさと歩き出す。そんな彼に兵士が慌てて案内を申し出た。
「私もお手伝いをします」
 不意にアスランがこう言ってくる。
「必要はない」
 少なくとも、自分は彼だけは連れて帰るつもりはない。
「万が一何かあっても、君に指示を出すよりも自分で動く方が早く解決するだろうからね」
 何よりも、キラ自身がアスランに会いたがっていないようなのだ。今までに何度か水を向けてみたが、すべて否定していた。おそらく、今の姿は見られたくないのだろう。
「君と口論をしている時間も惜しい。無理強いをしようとするならば、こちらも命令するしかなくなるが?」
 足を止めるどころか視線も向けずにこう告げれば、さすがのアスランもそれ以上すがりついてこられないようだった。
 これで厄介事が一つ減った。
 後はキラが無事であることを祈るだけだ。
 心の中でそうつぶやきながら、ラウはエレカに乗り込んだ。

 なぜ、ここまで自分を拒絶するのだろうか。
 ラウの後ろ姿を見つめながらアスランはそう考えてしまう。
「何か……俺に見られたくないものがあるのか?」
 それとも、と彼は続ける。
「……キラ……が、俺に会いたがっていない?」
 まさか、とは思う。
 だが『そんなことはあり得ない』とも考えられないのだ。
 あの事故の被害者達の中には性格が変わってしまったもの達もいるという。それだけ悲惨な事件だったのだと言うことは想像に難くない。
 自分だって『昔の自分と変わっていないか』と聞かれれば『是』と言えないのだ。
 それではなぜ、あの時、イザークとディアッカとは会わせていたのか。それはきっと、《キラ》と言う存在を深く知らない相手だからだろう。
「それでも、会いたいんだ……」
 アスランはそうつぶやく。
 会って話がしたい。
 それだけでいいのに、と心の中だけで付け加える。
 しかし、今は己の感情を優先する訳にはいかないだろう。
「ともかく、状況を把握しないとな」
 そのようなこと、上がやっているのはわかっている。それでもここにいる以上、ぼけっと突っ立っていることはできない。
 何よりもこんな暴挙を許せるわけがないのだ。
 アスランは意識を切り替えるときびすを返す。そのまま司令室へと足を向けた。

 だが、すぐに彼は基地の外へと飛び出すことになった。

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最遊釈厄伝