天秤の右腕

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  13  



 あまりに多くの人間と顔を合わせたからか。屋敷に着く前にキラは熱を出してしまった。
「ディアッカとイザークはともかく、エルスマン氏と奥方には遠慮してもらうべきだったか?」
 くったりとしている体を抱きかかえて歩きながらラウはつぶやくようにそう告げた。
「ここに押しかけてこられるよりは良いと思ったのだがね」
 それにギルバートがこう言い返してくる。
「入り浸るだろうな、あの方なら」  困ったことに、とラウは同意するしかない。
「それに……本来ならすぐに戻ってくるはずだったのだがね。キラが楽しそうだったから、タイミングが見いだせなくて」
「それも否定はできないね。やはり、友人は必要なのだろう」
 それも、できれば同性の……とラウはうなずく。
「ならば、あの二人を同行させたのは間違っていなかったか」
 イザーク一人であれば問題があったかもしれない。そのあたりをディアッカがうまく調整していた。
 ただ、とラウは続ける。
「そのせいであの方が暴走しかけたのは問題かもしれないがね」
 ディアッカがいたからという理由でエルスマン夫人がそばまで近づいてきた。それだけではなくキラの面倒を見ようとあれこれ画策し始めたのだ。
 もっとも、レイがその役目を他人に渡すはずがない。その隙を見せることなくそばであれこれと彼の補助をしていた。しかし、それが逆にキラを疲れさせる羽目になったらしい。
「ともかく義理は果たしたからね。あとは無視してもかまわないだろう」
 しばらくは屋敷内でのんびりしていればいい。ギルバートはそう告げる。
「少なくとも君の休暇中はね」
 ゆっくりと過ごしたいと言えばむげにはできないだろう。彼はさらに言葉を重ねた。
「当然だろう? それだけの実績は積んでいるつもりだからね」
 中途半端な力ではあの子を守るどころか危険にさらしてしまうのは目に見えていた。
 どこの誰であろうと無視できない実績があってこそ大切なものを守るための力になるのだ。
「問題はあちらの動きだがね」
 ふぅっとため息をつきながらギルバートが口を開く。
「君たちの仕掛けた毒が回り始めたようだよ」
 いろいろと動き回っている。しかし、肝心のキラがここにいる以上、オーブでは対策のとりようがないらしい。
 だからというわけではないが、と彼はさらに言葉を重ねた。
「なりふり構わずこちらでの構成員達を動かしているようだね」
 ここ一週間あまりで屋敷に忍び込もうとした人間は両手の指の数では足りない。その言葉の意味がわからないはずがなかった。
「あの子を連れ戻そうとしていると?」
「おそらくね。あの子が持っている特許使用権が目的だろうが」
 そのために連れ戻すくらいなら、最初からきちんとオーブで治療を受けさせれば良かったのだ。
 そうすれば、本格的な治療のためにキラがプラントに移住したとしても、サハクの双子も使用差し止めまではさせなかっただろう。
 いや、差し止めたとしてもウィルスを仕込んでまで動作を停止させなかったのではないだろうか。
「逆恨みも甚だしいね」
 すべては自分たちの行動が巡り巡って戻っただけではないか、とラウはため息をつく。
「それが理解できないのだろうね、彼らには」
 自分たちの権利だけを主張して他のもの達の権利をないがしろにした、と付け加える。
「永久にわからないと思うよ」
 さて、とギルバートは腰を上げた。
「ネズミが引っかかったようだが、いっしょに来るかね?」
「もちろんだとも」
 情報局に突き出す前に聞きたいことを聞いておかなければいけない。
「では、キラにはばれないようにしないとね」
 お互い、と笑う彼にラウも「当然だね」と言葉を返した。

 連絡が途絶えたものがすでに二桁になっている。
 その事実にウナトはいらだちを隠せない。
「なぜ、子供一人を連れ帰れないのだ?」
 相手は自力では移動できない子供だ。それなのに、と彼はつぶやく。
「あの子供がいるのが警備の厳しい邸宅らしく……」
 レベルで言えばセイラン本家のここよりも厳しいのではないか。自分は足を運んだことはないがザフトの基地の方がよほど進入しやすいと報告を受けている。目の前の男はそう続けた。
「何よりも、目標の子供がその屋敷から出てくることはほとんどありません。出てきたとしても目的地がザフトの施設や病院といった人目のある場所で」
 そこでことを起こせば即座に宇宙港が閉鎖されてしまう。だから、別の手段を探っている最中なのだ。さらにそう言う。
 理屈としてはわかる。
 しかし、だ。
「あの方々は『一日でも早く』あの子供を連れ帰ることをご希望だ」
 それができないときにはどうなるか。言わなくてもわかるだろう、とウナトは告げる。
「ですが……」
 行き当たりばったりでは無理だ。そう言いたいのだろう。
 それでも、だ。
「すでに一月以上経っている。それを考えれば、猶予はさほどない」
 最悪、目の前の男を含めたもの達だけではなく自分たちまでもが彼らに処分されかねない。
「あと一月だ。期間内に成果が出せない場合、他のもの達へ任せる」
「それは!」
 男の顔から一気に血の気が失せる。それも当然だろう。男達にとってそれは死刑に等しい宣言だからだ。
「それがいやなら、少しでも早くあの子供を連れてこい!」
 できなければ無能と見なされ、処分される。言外にそう付け加えた。
「……わかりました」
 男にもあとがないと理解できたのだろう。ためらいの後にうなずいてみせる。
「死にたくなければそれなりの成果を見せなければならぬ」
 それだけがコーディネイターに生まれた男達が生き残る唯一の道なのだ。
 もっとも、自分たちも同じことだが。ウナトは心の中でそうつぶやいていた。

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最遊釈厄伝