天秤の右腕

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  12  



 数年ぶりで顔を合わせたディアッカは──自分が車いすだと言うことを差し引いても──随分と背丈が伸びていた。
「なるほど。目の色がよく似ているな」
 二人を見比べた後で彼の隣にいる銀髪の青年がこうつぶやく。
「キラの瞳の方が透明度が高いけどな。あぁ、こいつはイザークだ。ちょっときつい物言いをするが、根は優しいから」
 ディアッカがそういえばイザークは少しだけしまったという表情を作る。
「申し訳ない。自己紹介をする前に失礼なことを口にしたか?」
「いえ。目の色のことは二人そろうとよく話題にされましたから」
 ラウを含めて、とキラはほほえみを返す。
「それよりもラウさんの部下は大変ではないですか?」
 首をかしげつつそう問いかける。
「……キラ。君は何を言いたいのかね?」
 それを耳にしたのだろう。微妙な表情でラウが問いかけてくる。
「ラウさんは自分ができることは他の人もできて当然だと考えるじゃないですか。だからですよ」
 無茶ぶりされているのではないか。言外にそう付け加えた。
「ひどいね。今はそんなことはしていないつもりだよ」
 いっしょに暮らしていたときはともかく、とラウは言い返してくる。
「それに言い訳をさせてもらえば、そばにいたのがあの双子だからね。彼らも私と同レベルだっただろう?」
 だから、それが普通だと思っていたのだ。そう続けた。
「確かに、あの人達もトップクラスの才能の持ち主ですけど」
 そのせいで振り回された自分たちは、とキラは少しだけ恨めしげな視線をラウに向ける。
「それに関しては申し訳なかったと思うが……君たちもこちらの課題をクリアしていたからね」
 周囲の子供が一人を除いてそうだったから、その一人がおかしいのだと思っていた。しれっとして付け加えられた言葉に納得するしかない。
「……キラが優秀だとは聞いていたが……隊長の無茶ぶりにつきあえるレベルか」
 ディアッカの瞳から光が消えていくのはどうしてなのか。
「小さな頃だから。今だと無理かもしれないよ」
 おそらくラウの要求するレベルも上がっているはずだし。キラはそう言い返す。
「……それでもつきあえる人間もいるからな。ミゲルなんて泣きそうになりながら命令を遂行しているし」
 できないことは命じられないがかなり難易度が高いのだ。ディアッカはそう言う。
「それでも期待されなくなるよりマシだけどな」
「確かに」
 そう続けた彼にイザークもうなずいて見せた。
「ならいいですけど」
 成長するのは間違いないから、とキラも納得してみせる。
「でも、戦闘時にそれでは余裕がなくなるのではないですか?」
 あくまでも聞きかじった知識でしか知らないが。そう言いながらイザークへと視線を向ける。
「安心しろ。隊長がそんな無茶なことを言い出すのは訓練の時が多い」
 そうすれば彼はこう教えてくれた。ディアッカに確認しなかったのは、彼ならば適当にごまかそうとすると考えたからだ。
「ならいいですけど……」
「本当に疑われていたようだね」
 キラの背後からギルバートが笑いながら口を挟んでくる。
「ところで二人はもう少し時間があるかな? ここで話をするよりも喫茶室に移動しないかね?」
 その方がゆっくりと話ができるよ、と彼は笑う。
「俺はその方がありがたいですが……お前は時間があるのか?」
 言葉とともにディアッカがイザークへと視線を向けた。
「お前といっしょだったと言えば大丈夫だろう」
 何時ものことだし、と付け加える様子に嘘も偽りも感じられない。つまり、彼らにとってそれは日常なのだろう。
「じゃ、そういうことでお願いします」
 隊長はお手柔らかに、と付け加えるディアッカにラウが微苦笑を浮かべていた。

「……エルスマン議員?」
 呼び寄せたエレカで自宅に戻ろうとしたときだった。アスランの視界に見覚えのある男性の姿が飛び込んでくる。
「お急ぎのようだが、何かあったのか?」
 おそらく先ほど着いたシャトルに乗ってきたのだろう。そのシャトルの到着が遅れているというアナウンスがあったような気もする。
「待ち合わせに遅れそうなのかもしれないな」
 ディアッカと約束をしていたのではないか。だが、彼のことだ。時間までにタッドが来なければふらりとどこかに行くぐらいしかねない。
 それで急いでいるのだろう。
 それで納得をする自分も何なのだろうな。そう思いながらモニターを見上げる。
 そこには自分が乗るべきシャトルの到着まであと十分ほどだと表示されていた。
「少し早いが、移動するか」
 ここにいてもすることがない。それならばさっさとタラップに移動してシャトルの様子を確認していた方が楽しめるのではないか。
 任務に就いているときはゆっくりと周囲を観察することなどできない。
 それに、新型のシャトルが就航しているという話も聞いた。
 ハード関係に興味を持ち、何事もなければそちらに進むつもりだった自分としてはそれを観察しないと言うことはできないのだ。
「機会があれば資料を請求してみようか」
 そうつぶやきつつ腰を上げる。私物が入った鞄を手に歩き出した。
 途中で先ほど、タッドが向かった方向へ視線を向けたのは無意識だった。
 視線の先ではタッドとディアッカの他に数名のもの達がラウンジ方面へと移動している。その中にクルーゼの姿もあった。
 いや、それだけではない。
 クルーゼによく似た金髪の少年が車いすを押している。
 それに乗っている人物に見覚えがあるような気がするのは錯覚か。
「……キラ……」
 しかし、それも一瞬のこと。すぐに人陰に隠れてその姿は見えなくなる。
 本当に彼だったのか。
 あまりに一瞬過ぎてはっきりとは言い返せない。見間違いだと言われれば納得しそうになる。あの髪の色はありふれているだろうと言われて反論できるだろうか。彼の特徴的な瞳の色はわからなかったし、と。
 それでも、十年近くもそばにいたのだ。自分が彼を間違えるはずがない。
「どうしてお前が……」
 アスランはしばらくその場から動くことができなかった。

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最遊釈厄伝