天秤の右腕

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 私物と艦内に置いておいてはいけないデーターをまとめたメモリーを入れた鞄を持ってラウは部屋を出ようとした。その瞬間、端末がメールの着信を告げる。
「何かあったのかな?」
 このタイミングで、と思わないわけではない。
 だが、確認しないわけにも行かないだろう。そう判断をして鞄を置くと端末を取り出した。
「……レイか……」
 差出人を確認して、少しだけほっとする。そのままメールを開く。
「おやおや」
 内容を確認した瞬間、口元が緩む。
「あの子に無理を強いたのでないならいいのだがね」
 それでもこう口にしたのはキラの正確を思い出したからだ。レイあたりに強く勧められればいやとはいえないだろう。
 しかし、そのあたりの線引きに関してはギルバートよりレイの方がしっかりとできている。そう考えればキラの希望も含まれていると考えていいのではないか。
 単にラウの顔を少しでも早く見たかっただけかもしれない。
 そう考えれば、さらに表情が和らぐ。
「……後の可能性と言えば、あちらか」
 その表情を強引に引き締めるために別の可能性を思い浮かべた。
 ギルバートの部署の責任者はエルスマン議員だ。その奥方がキラの母方の親戚になる。その女性がキラの様子を見たいと言われたなら断れるだろうか。
 偶然とはいえ自分の部下に彼らの息子がいる。
 彼を出迎えに来たというのであればつじつまが合う。
「問題はキラの精神状態だが……あの男もそれに関しては注意しているはずだ」
 夫人さえあれこれとだだをこねなければ問題はないのではないか。
 さすがに息子の上官の前ではそのようなことはしないだろう。
「あるいは、出会う前に帰るかだね」
 どちらにしろ早めに合流する方がいい。そう判断するとラウはレイに『了承』とだけ返信する。
 再び端末をしまうとラウは少しだけ早足で歩き始めた。

「何だ? せっかくの休暇前なのにずいぶんといやそうな表情だな」
 イザークがからかうように声をかけてくる。
「オヤジとお袋が迎えに来ているんだよ」
 それにディアッカはこう言い返す。
「エルスマン議員が、か?」
 珍しいなどというものではない、とイザークも顔をしかめた。
「何かあったのか?」
「いや。俺は何も聞いていない」
 だから、少なくとも凶事ではないだろう。
 では何なのか。
「兄弟ができた、とかじゃないよな、さすがに」
 いや、可能性が全くないとは言わない。しかし、仕事大好きなあの夫婦がまた子育てをしたがるかどうかと言えば、答えは『否』だろう。
 それならばわざわざ来るのはどうしてなのか。ディアッカが本気で首をひねりたくなったそのときだ。
「まだ艦内にいたとは」
 ラウの声が耳に届く。
「ちょうどいい。キラも来ているそうだからね。紹介しよう」
 そう言って彼はほほえむ。
「……あぁ、それで二人が来たのか」
 自分をだしにキラの様子を確認できるのではないか。そう判断したのだろう。
「あの時の中の一人ですよね?」
 イザークがそう問いかけている。
「あぁ。まだ治療の可能性があるからね。こちらに残らせることにしたんだよ」
 とりあえず、自宅ではギルバートのデーター整理を手伝いつつリハビリを続けているよ。ラウはそう続けた。
「自分たちが顔を見せても大丈夫なのですか?」
 イザークがさらにこう質問している。
「かまわないよ。あの子も少しは交友関係を広げた方がいいだろうからね。私の部下ならばあの子も安心できるだろう」
 身元という点では、とラウは笑った。ただ、そりが合う合わないがあるから、友人関係になれるかどうかまではわからないが。その言葉にディアッカも同意だ。
「あいつは第一世代だからなぁ」
 そのせいで昔、あれこれと言われていたらしい。ディアッカの言葉にイザークの眉根がよる。
「どこのバカだ、それは」
 そのまま彼は吐き捨てるように口にした。彼にすれば第一世代だろうと第二世代だろうと《同胞コーディネイター》には変わりないと言うところなのだろう。
「心配しなくていい。それなりの報復はしてきたからね」
 ふふふ、と笑うラウに『ならば心配はいらないだろう』とディアッカは判断を下す。
「もちろん、そう言ってくれる君だから安心して紹介できるのだがね」
 ディアッカは言うまでもないだろう。さらに付け加えられた言葉にイザークも納得をしたらしい。
「そういう点だと、ラスティは微妙か。ニコルは心配いらないだろうが、アスランはわからないな」
 仲間達の正確を思い出しながらディアッカは言葉を綴る。
「そうだな」
 とりあえず、少しでも話をしてからにしよう。イザークの言葉はうなずけるものだ。
「では、つきあってもらおうかね」
 ラウはそう言うと歩き出す。
「……イザーク」
 彼の背中を追いかけながらディアッカは隣にイザークに声をかける。
「何だ?」
「うちの親が暴走しそうなときはフォローよろしく」
 間違いなく母親はこれ幸いと駆け寄ってくるだろう。しかし、そのことでキラの心の傷をえぐるようなことになってはいけない。
「お袋があいつのご両親の話をしそうになったら適当に引きはがすからさ」
「……亡くなられていたのだな。わかった」
 この言葉だけで納得してくれる彼はやはり察しがいい。これでもう少し言動が柔らかければ問題はないのだろうが。そう思いながらも脚を進めるディアッカだった。

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最遊釈厄伝