天秤の右腕
09
キラを家の中にだけ閉じ込めておくのは、彼にとってプラスにならない。
だが、本人はあまり外に出たいと思っていないようだ。
それならば適当な口実を作って連れ出せばいいだろう。ギルバートはそう判断をする。
「明日、ラウが帰ってくるが、いっしょに迎えに行くかね?」
とりあえず今のキラが興味がありそうと言えばこれだろう。
「ラウさんが、ですか?」
予想通りと言うべきか。キラはぱっと表情を明るくする。だが、すぐに視線を落とした。
「でも、これでは他人の迷惑になります」
そう口にしながらキラは車いすの肘掛けにそっと触れる。
「大丈夫だよ。もともと宇宙港は広い。それに、ラウが使っているのは軍事港だからね。周囲には出迎えの人間しかいない」
それに、と続ける。
「軍人はけがをすることも多い。そういうもの達が車いすを使うことはよくあるからね」
治療をすれば歩けるものも、二度と自分の脚で大地を踏めないもの達もいるが、それはキラに伝えなくてもいいことだろう。
「それに……ラウの部下にはエルスマンのご子息がいる」
この一言だけで自分が何を言いたいのかわかったらしい。
「おばさま、ですか?」
「遠目でもいいから君の姿を確認したいとエルスマン氏に泣きついたらしくてな」
彼から頼まれたのだ。そう告げればキラは小さなため息をつく。
「わかりました。何度か顔を合わせたこともありますし、母さんとも仲が良かった人ですから」
少しだけ顔をしかめると彼はそう続ける。
「でも……話をするのは、まだ無理です」
両親の話をするのはつらいから、とキラは付け加えた。相手が彼女であれば、どうしてもその話題が出るだろうとも。
「わかっているよ。それでかまわないか、確認しておこう」
キラの気持ちが一番だから、とギルバートはうなずく。
「……すみません」
「謝らなくてもいい。当然のことだからね」
まだ気持ちの整理がついていないのだろう。こればかりは機械のように一律の基準があるわけではない。だから、焦らなくていいのだ。そう言いながらギルバートはキラの髪をなでる。
「ともかく、迎えには行くと言うことでいいのだね?」
ラウが喜ぶだろう、と続ければキラはうなずいた。
「エレカを使うからね。人混みがダメなようなときには中で待っていればいいよ」
それに関しては臨機応変にね、と付け加えればキラはほっとしたような表情になる。このあたりはまだまだ要注意だね、とギルバートは心の中だけで付け加える。
「その後は……そうだね。少し観光してこよう」
車窓からあれこれ見るのも楽しいよ、と続けた。
「説明はラウにさせよう」
「いいのですか」
「気分転換にはなると思うよ」
逆に喜ぶのではないか。そういえばキラは納得したらしい。
「楽しみにしています」
小さな笑みとともに彼はそう告げた。
『いったいどういうことだね?』
モニターの向こうから厳しい視線が向けられる。
「このような事態になるとは、私も想像もしておりませんでした」
すべての特許は国に委譲されているものだとばかり、とウナトは慌てて口にした。
それはハルマがアスハとサハクの関係者だからだ。だから、オーブの不利益になるような行動をとるはずがない。そう考えていた。
しかし、だ。
彼はあの一件で命を落とし、一人息子は本土での治療を拒まれプラントへと移住した。
その結果、彼が持つ特許の管理がオーブからプラントへと移ることのなってしまった。
「せめてあれだけでも本土にとどめておければ良かったのですが……病院の経営者どもがいやがりまして……」
テロの標的になることを、と言外に告げる。
『それに関してはこちらのミスもあるか』
さすがに病院まで手を出すとは思わなかった。特に今回のような場合には、だ。
「それが原因でかなりの技術者がプラントへの移住を希望しております」
今後の開発にも支障が出るのではないか。
それだけは避けなければいけないとウナトは心の中でつぶやく。
。万が一、地球軍が負けるようなことになれば自分は後ろ盾を失うことになる。
それはようやく手がかかりかけている代表首長の座が二度と手に入らないと言うことと同義だ。
一度手にした権力を失うという未来は考えたくもない。それではなぜ、今まで彼らに協力をしてきたのかわからないではないか、とも。
「ただ……連中にしても、こちらの方が良い待遇だと認識すればいいのでしょうが……」
テロが続くようでは難しい。言外にそう告げる。
『……仕方がない。手控えさせるか』
できれば民意をこちらに傾けたかったのだが、とモニターの向こうにいる誰かがため息をつく
『それと、問題の少年だけどね』
そのままあいては言葉を重ねる。
「あれが何か?」
『要はあちらに行ってしまったから権利が移ったというのなら、戻ってきてもらえばいいだろう?』
適当な相手と娶せて取り込んでしまえばいい。まるで人形遊びをするかのような気安さであいては言葉を綴る。
「ですが、あちらが手放さないかと」
キラがオーブに戻れば強力なカードを失うことになるのだ。強引に引き留めるのではないか。
『人形の意思など確認しなくてもかまわないだろう?』
つまり、強引に連れ戻すと言うことだろう。その上で洗脳するなり何なりして自分たちの言うことを聞かせるつもりなのだ。
それならばそれでかまわない。
いや、むしろその方が都合がいい。
「それに関してはお任せしてもかまいませんか? 私が下手に動けばサハクに気づかれます故」
アスハはともかくサハクの関係者──特にあの双子は厄介だ。下手な行動はとれない、と思いつつ言葉を口にする。
『わかっている。その方が後々都合が良かろう』
そういう相手に、ウナトはそっと頭を下げた。