天秤の右腕

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  05  



 ラウの顔を見た瞬間、キラの表情が明るくなる。
「わかってはいたが、やはり面白くないな」
 やはり自分が年下なのがまずいのか。レイはそうつぶやく。
「仕方がないね。キラが小さな頃、面倒を見ていたのは彼だ」
 実の兄弟と言っていいくらいそばにいた。だからキラが無条件で甘えられると認識していたとしてもおかしくはない。
「それに、君はあの子よりも年下だろう?」
 キラの性格を考えれば年下に甘えられるはずがないではないか。それはそうかもしれないが、レイは納得できないのだ。
「甘えられなくてもいい。もう少し笑顔が見たい」  ぼそっとつぶやいてしまう。
「安心しなさい。それは私も同じ気持ちだよ」
 自分もまだ、キラの本当の笑顔を見ていない。ギルバートもそう言ってため息をつく。
「だが、こればかりは焦ってはいけない。あの子の体の傷よりも心の傷の方が根深いからね」
 見えないだけに治っているかどうかもわからない。
 だから、どこに地雷が埋まっているか想像もできないのだ。
「それに関してはレイに頑張ってもらうしかないね」
 これから一番そばにいる時間が長いだろうし、と言われてレイはうなずく。
「もう少しラウをここにとどめておければさらに良かったのだが……こればかりはあちらのこともあるからあれこれといえないね」
 地球軍があれこれ動いているだけならばまだいい。オーブでも何かをしでかしてくれているらしいのだ。
 それをキラが知れば、また精神的に不安定になるかもしれない。
 治療とリハビリにとってそれがマイナスになるのは言うまでもないことだ。
 そう説明するギルバートにレイはうなずいてみせる。
「マスコミやら何かがキラの話を聞きたがるかもしれないが、そういう人間は無視していい」
 こちらで対処する、と続けられてレイはまたうなずいた。
「そうしてもらえれば助かる。あまり人前に顔を出したくないからな」
 腹違いの兄弟と言うことになっているラウと自分はあまりにもにすぎている。その理由を探られると困るのは自分だけではないのだ。
 最悪、亡くなったキラの両親すらあしざまに言われかねない。そんなことはさせるわけにはいかないのだ。
「ほかの被害者は? キラの知人もいるんじゃないのか?」
「そちらも心配はいらない。こちらに残るもの達にはきちんとした後見がついている。オーブに戻るもの達は公使館にいるからね」
 下手に声をかけられないだろう。だからこそ、本人ではなく周囲の声をかけやすそうな相手が狙われるのだ。ギルバートはそう教えてくれた。
「俺は与しやすいと思われているのか」
 あなどられているようで面白くない。レイは言外にそう告げる。
「単純に年齢の問題だと思うよ」
 見た目だけで判断するのは愚かしいことだと思うがね。ギルバートがそう言って笑ったときだ。
「君たち。内緒話はそこまでにしてくれないかな? キラが不安がっているよ?」
 ラウの声が耳に届く。
「おや。それはいけないね」
「今、行きます」
 言葉とともに二人はキラ達のいる場所へと歩み寄った。

 その日、デュランダル邸には予想外の来客があった。
「……いいんですか?」
 ここに来て、とキラは目の前の相手にそう問いかける。
「姉上が残っておる。我が本土に居着かないのはいつものことよ」
 そう言って彼──ロンド・ギナ・サハクは笑った。
「ギナ様……」
 困ったようにキラは彼の名を呼ぶ。
「安心しろ。姉上だけではなくウズミも承知のことよ」
「ミナ様とウズミ様も?」
「お前のことだ。自由に動けぬならネットであれこれし出すのは目に見えておる。ならば最初からこちらに繋がるルートを与えておけ、とのことだ」
 そうすればフォローもできる、と彼は笑みを深めた。
「……でも、見つかったら……」
「我らがそのようなミスをするわけあるまい。ジャンク屋ギルド経由よ」
 その言葉にキラはとりあえず安心する。ジャンク屋ギルドならば中立だ。そして、プラントにもパイプがある。それを使わせてもらえるなら心配はいらないだろう。
「……対価は何ですか?」
 隣にいたレイが口を開く。
「すでに払っておる。あやつらが使っておる暗号化システムはキラが作ったものよ」
 あれのバージョンアップバージョンをキラが作ったとき、無償で使わせると言った。それであいても納得してくれたからかまわん、とギナはそう続ける。
「あれですか? カガリからあれこれ言われているので、作りかけのものがライブラリにあります」
 それをどうやって入手しようか悩んでいたところだ。そう続ければギナがうなずく。
「本に良いときに来たの」
 危ないところであったわ、とギナに言われて苦笑を浮かべるしかできない。
「ただ、その前に作ってもらいたいものがあるがの」
「僕に作れるものでしょうか?」
 厄介なものでなければいいけど、と思いつつ聞き返す。
「セキュリティの一種よ。ある一定期間ごとにパスワードを打ち込まなければ使用不可になるようにできぬかの?」
 バカが海賊版を作っていて困る。それに仕込んでやれば楽しかろうと思ってな。そう言われて納得する。
「オーブで作られたプログラムならば可能ですよ。あれには父さんが作った基礎コードが入っていますから、それに書き足せばいいので」
 パスワードも自動生成した方がいいだろう。
 その二つを組み合わせなければ使えないようにすればいいだけだから、とキラは小首をかしげる。
「デバッグに協力していただけるのであれば、半月もあれば完成します」
 プログラミングだけならば一両日中に可能だ。その後、実用に耐えうるかどうかを確認する期間が必要だろう」
「上々よ」
 その間はここに滞在させてもらう。ギルバートの許可は得ていると言われては反論のしようもない。
 何よりも、彼がここにいてくれることが心強いから。
 あるいは、ギルバートもそれがわかっていて彼の滞在を許可したのだろうか。主治医とはいえ内心がばれているのはちょっと恥ずかしい。そう考えてしまうキラだった。

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最遊釈厄伝