天秤の右腕
04
痛みも減ってきたから、とキラはベッドの中で少しずつ体を動かしてみる。
頭や腕、指は自由に動く。
体をひねることも前に倒すこともけがのせいで引きつるような感覚はあるが、できなくはない。
しかし、だ。
どうしても脚だけが動かせない。
「……歩けない、のかな?」
自分はこのまま、とキラはつぶやく。それは誰かの手を煩わせてしまうということではないか。
もちろん、それは仕方がないことだとはわかっている。だが、それを素直に受け入れられない自分もいるのだ。
「そういう人を補助するシステムでも作ろうかな」
そうすれば、少しは気が楽になるのではないか。そんなことも考えてしまう。
自分に使えなくても誰かの役に立つだろうし、とそう続ける。
実際、それを実現するには自分には致命的な欠点があるのだ。
「でも、ハード関係は致命的なんだよね、僕」
幼年学校時代から、とキラはため息をつく。それはカレッジに進学してからも変わらなかった。ただ、ソフトの方に関してはそれなりに自信がある。だから、自分が作ったソフトを最大限に生かしてくれるハードを作ってくれる人間がそばにいてくれればいいのに、と思う。
その瞬間、ある面影が心の中をよぎった。
四歳の頃からいっしょにいてくれた存在。
自分が不得手だった機械関係を易々とこなしていた彼。
今まで思い出さないようにしていたのに、どうしてここでその存在を思い出してしまったのか。
それはきっと、ここが彼のふるさとだからだろう。
元気でいてくれればいいけど。そう心の中でつぶやく。
会いたいとはいわない。今の自分を見られたくないから、とそうつぶやく。
「外見はかわいい動物の方がいいかな。それとも人方の方がいいのか」
あるいは、本当にシンプルなものにして、必要なときにマニピュレーターといったもので補助するようにした方がいいのかもしれない。
キラは思いつきを次々と口にしていく。だが、どこかにメモをしておかなければ忘れてしまいそうだ。
しかし、メモを残せそうなものは手元にはない。取りに行こうにも、今の自分にはそれすらできないのだ。
だからといって、これだけのために誰かを呼ぶのは申し訳ない。
「モバイルだけでも手元に置いておきたいなぁ」
それがあれば時間をつぶすことも難しくはない。完成させられるかどうかは別にして先ほどのアイディアをまとめることも可能だろう。
オーブのサーバーに接続できるならば作りかけのプログラムもダウンロードすることができるだろうが、ここがプラントである以上、やめておいた方がいいだろう。不可能ではないが、後々問題になるような気がするのだ。
そう考えてため息をついたときである。
「君が素直にやめてくれるなら妥協できるのだがね」
夢中になると周囲の音が聞こえなくなるだろう? と告げる穏やかな声が耳に届いた。
「ギルさん……」
声がした方向へと視線を向ければ、苦笑を浮かべている彼の姿が確認できる。
「もっとも、考えの方向は悪くないと思うよ」
そう続けられたということはどこから聞かれていたのだろう。
「……ギルさん、いったいいつからそこに?」
「いつからだろうね」
キラの問いかけに彼は笑みを浮かべるだけだ。
ひょっとしてまずいことも聞かれてしまったのか。それともとキラは悩む。しかし、彼が答えをくれないだろうということもまたわかっていた。
とりあえずキラは退院しても大丈夫な状態になったらしい。
「俺がしっかりとお世話をしますね」
その事実を聞いたレイがそう言ってほほえむ。
「あまり気負わないようにしなさい」
それに対し、ギルバートがこう言い返す。
「あの子が逆に気を遣いかねない」
「確かに。今のあの子には今まで通りにした方がいいだろうね」
ラウもそう言ってうなずく。
「自分のことは自分でやるようにしつけられてきた子だ。急にあれこれ世話を焼かれれば、自分が何もできない存在だと思いかねない」
そのせいでキラがストレスを感じるようならば退院させる意味がないのではないか。そう続ければレイも納得したようだ。
「ただし、生活に関わることはぴしりといわないとダメだよ」
プログラミングに集中しすぎて食事をとることも忘れることがある。それに関しては厳しく注意をしないとダメだろう。
「私がいつもそばにいられればいいのだがね。そろそろ出航しないとダメなようだ」
今まで本国で待機していられた方が異例なのだ。それはキラに対する温情なのだということもわかっている。しかし、彼も精神的に落ち着いてきたと判断されたのだろう。
「戦線は膠着状態なのだがね」
ギルバートがそう言ってため息をつく。
「それでも百戦連勝のクルーゼ隊を本国で遊ばせておく訳にはいかないのだろう」
いろいろな意味で、と彼は続けた。
「私は無敵ではないのだがね」
単に運がよかっただけだ。言外にそう告げる。
「運も実力のうちでは?」
それの何が悪いのか、とレイが問いかけてきた。
「本国での隠居が許されない」
ぼそっとつぶやけば彼は信じられないものを見るような視線を向けてくる。
「彼がキラを溺愛しているのはよくわかっていたのではないかな?」
単にあのこと離れたくないだけだよ、とギルバートが笑いながら言った。
「悪いかね?」
「いや。できればキラにとってそれが一番なのだが……今の状況を考えれば仕方がないだろうね」
キラをオーブに帰すためにも、とギルバートは告げる。
「ともかく、あの子には気分転換も必要だからね。適当に遊ばせるつもりだが……問題はあの子が自分の趣味をどこまで抑えられるかだね」
「ばれることはないと思うがね」
実際、今までに一度もばれていないのだ。これからもばれる可能性は低いだろう。
「絶対はないと思うが?」
「そのときはそのときだよ」
自分が責任をとってザフトをやめればいいだけのことだ。そして、キラを連れて辺境へと移動すればいい。そう言ってラウは笑う。
「無理だと思うがね」
君は有能だから、と続けるギルバートにラウは苦笑だけを帰した。