天秤の右腕

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  03  


 父の話を聞けばなぜか気が重くなる。
「……オーブからの患者は皆、治療が進められているのでしょうか」
 少しでもそれから逃れたくてそう問いかけた。
「そう聞いている。それに関しては、我々のミスでもあるからな。最善を尽くしてくれているそうだ」
 中には優秀な技術者もいる。将来有望なもの達もだ。彼はそう続けた。
「そのままここに残ってくれればいいが……難しい者もいるだろうな」
 こちらが加害者であるが故に、と言われれば納得するしかない。
「若者はまだいい。問題は子供を亡くした親とナチュラルの配偶者を失ったものだ」
 下手をすればブルーコスモスへと参加してしまうかもしれない、とパトリックはため息をついた。
「コーディネイターなのに、ですか?」
「あぁ。第一世代の構成員も多いと聞いている」
 自分たちを迫害したナチュラルではなくその原因を作ったとして同胞に憎しみを向けているのだ。そう言われてもアスランには理解できない。
 実際に同胞に危害を加えているのはブルーコスモスなのに、なぜ、そこに迫害されている側の人間が進んで加わるのだろうか。最終的には自分たちも排除されるだろうに、と心の中で付け加える。
「彼らの立場は複雑だ。そう考えれば一概に責められまい」
 しかし、とパトリックは言葉を重ねた。
「だからといって、これ以上、敵を増やすわけにはいかんのだよ」
 そのあたりはタッドがきっちりと指示を出しているだろうが、と言われてアスランもうなずく。
「エルスマン議員は穏健派ですから、彼らにも受け入れてもらいやすいのでは?」
「奥方の存在もあるからな。彼が結婚するときに『サハクの縁者など選ばなくても』とは思ったが、今となっては有益だったとわかる」
 自分たちとオーブの常識がずれている可能性は否定できない。それでも彼女の存在が少しでも被害者達感情を和らげてくれるだろう。
「看護師達も患者には優しく接するだろうからな」
 それが仕事とは言え、彼らは患者には優しいからな。アスランもそれには同意だ。
 もっとも、これがザフトの看護兵であればまた少し違う反応を見せるだろう。
 そう考えれば、普通病院の方がいいのかもしれない。
「後はデュランダルが張り切っていたな。最先端の再生医療を実践できると言って」
 神経系統を傷つけられた患者に施して少しでも身体の自由を取り戻せるかどうか。それが確認できる、と彼は言っていたらしい。そのための費用をザフトからも回してほしいのだとか。
「安全なのですか?」
 いくら何でも被害者を実験材料扱いしている訳ではなだろうが、と思いつつ聞き返す。
「既に何名かは治療を施して結果が出ている。ただ、それをより効率の善い物にするためには患者は多い方がいいらしい。タッドも後押しをしていたしな」
 それでコーディネイト時になぜか起きる遺伝子上の不具合の治療も一歩進めることができるだろう。それは親としての言葉なのかもしれない。
「……被害者にこれ以上の苦痛を与えないのであればいいことなのでしょうね」
 少なくとも失ったと思っていたものの一部は戻ってくる。だが、それが救いになるかどうかはこれからにかかっているだろう。
「少しでも未来を向いてくれることを祈るしかあるまい」
 確かにそれしかない。それが復讐だとしても、彼らにとってみれば生きる糧になる。その事実を一番知っているのは自分たちなのだ。
「お前達はしばらく休暇だ。その間にレノアの墓参りを済ませておけ」
 クルーゼが使い物にならないからな、と告げたパトリックの言葉の裏に見え隠れしている感情が何なのか。アスランは気がついてしまう。
「わかりました」
 それを指摘することなく、ただ静かにうなずいて見せた。

 キラの容態はとりあえず安定してきた。短時間であれば面会も問題ないだろう。
 そうなれば、誰よりも心配しているであろう二人に会わせられるか。
 もちろんラウもレイも見舞いには来ている。だが、あくまでも眠っているキラが『生きて』いることを確認しているだけなのだ。治療に関わっている自分のように起きている彼の顔を見られたわけではない。
 そのことが彼らの中で不満となっていることは想像に難くないだろう。
「ラウもいつまでも本国にいられるわけではないからね」
 それに、あの二人ならばキラの容態を見て的確な行動をとってくれるはずだ。
「もっとも、その前に本人の意向を確認すべきかな?」
 いきなり連れてきてもキラも疲れるだけだろう。事前に心構えができていれば大丈夫ではないか。
 そう考えるとギルバートは腰を上げる。そして、モニタールームの隣にあるキラの病室へと向かった。
 ドアが開くと同時にすみれ色の瞳が彼の方へと向けられる。
「起きていたようだね」
 ほほえみながらギルバートは彼のベッドの脇に置かれたいすへと腰を下ろす。
「ギル、さん」
 まだかすれてはいるが、だいぶ声が出るようになった。その事実もまた喜ばしい。
「体を起こすかい?」
 この問いかけに彼は少し考え込むような表情を作る。
「大丈夫、で、しょうか?」
「このままずっとベッドの上にいたいなら進めないが」
 苦笑とともに言葉を返せばキラは「わかりました」と小さな声で告げた。
「君の上半身には異常がない。だから、動かせるところは動かしておいた方がいい」
 腕も同様だよ、とギルバートは続ける。
「そうでなければ、本当に動かなくなってしまうからね」
「はい」
「私が手伝えればいいのだろうが、いろいろと準備をしなければいけないこともある」
 だから、と彼は言葉を重ねた。
「レイを呼ぼうと思っているが、かまわないかね? それと、ラウが君の顔を見たいと言っていたのだが」
「……二人とも、元気、なの、ですか?」
「もちろんだとも。どうする?」
 そう言われてキラは少し考え込む。
「会いたい、です」
「わかった。では、明日にでも呼んでこよう」
 かまわないね、と言われてキラはうなずく。
「……あの……一緒に来た人たちは?」
「皆、それぞれの症状にあった病院にいる。安心しなさい」
 それと、とギルバートは笑みを深める。
「もう少し長時間、起きていられるようになったら、オーブに通信を入れてあげよう」
 だから頑張りなさい。そう言われてキラは小さくうなずく。そのまま体から力をぬた。
「まずはベッドから出られるようになろう。その後で、私が何としても君の体を元通りにしてあげる」
 だから希望だけは捨てるな。そういえば、キラはもう一度うなずいて見せた。

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最遊釈厄伝