天秤の右腕

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  02  



 キラが目を覚ましたとき、真っ先に確認できたのは両親の顔ではなかった。
「……ギ、ル、さ……」
「あぁ、無理に話そうとしなくていい。それよりも私が誰か、ちゃんと認識できているんだね?」
 それにキラは瞬きだけで答えを返す。
「いい子だ。もう心配いらないからね」
 次に目が覚めるときには痛みが治まっているだろう。彼はそう言ってくる。
「だから、今はお休み」
 体を治すことが先決だよ。それは間違いでではないだろう。
 いろいろと聞きたいことがあるのは事実だが、それでけがの治癒が遅くなれば周囲に迷惑をかける。そのくらいの判断は今のキラにもできた。
 ただ、これだけは確認しておきたい。
「と、さん……とかあ、んの、いた、いは?」
 あのままどこかに流れて行ってしまったのか。それとも回収されたのか、と問いかける。
「安心しなさい。ちゃんと回収して地上に埋葬したよ。ウズミさまがお世話をしてくださっているそうだ」
 だから、そちらも心配はいらない。その言葉にようやく肩の荷が下りたような気がする。あの二人を大地に還してあげられないのではないか。それだけが不安だったのだ。
 自分なら星の海に漂っても気にしないだろう。コロニーやプラントにすむもの達にとってそれが普通だからだ。
 だが、両親は違う。
 二人は地球上で生まれ、大地の上で結婚した人間だ。自分の存在と仕事があったから宇宙での暮らしを選択したものの、心の奥では地上に戻りたがっていたことを知っている。
 あるいは、あのことさえなければそれはかなえられたのかもしれない。父さんの才能を必要としている人が本土に呼び戻そうとしている。カガリがそんなことを言ってたのだ。
 そのために自分が二人と離れることになったとしてもかまわなかった。
 だが、結果は違った。
 オーブの識別信号を出していたにもかかわらず、自分たちが乗っていたシャトルにどちらかの軍が発射したレーザー砲が当たった。
 その瞬間、機体が大きく揺れたのは覚えている。あちらこちらで爆発が起きていたこともだ。
 その破片が両親の体を縫い止めるように貫いていた。
 二人の命が既に潰えていることは一目見ただけでもわかった。それでも、彼らをこのままにしておきたくはない。そう思って慌てて近づく。
 そして、二人の体を抱きしめたとき、すぐそばで爆発が起きた。

 それがキラが覚えているすべてだった。

 涙を一粒こぼしながら、キラは眠りに落ちた。
「痛み止めが効いたようだね」
 ほっとしたようにギルバートはつぶやく。
 ここで診察をしたキラの状態は予想よりも春香に悪いものだった。しかも、彼のご両親は彼の目の前で亡くなられた可能性が高いらしい。彼らがどれだけお互いを愛していたかを知っていれば、ショックで精神に異常を来していてもおかしくはないとすぐに考えるほどだ。
 だが、とりあえず今のキラの精神は正常であるらしい。
 その事実に少しだけ安堵する。
「しかし……これは、最悪の結果も考えておかなければいけないね」
 命だけは確実に助けられると言い切れる。だが、問題は彼の肉体だ。あちらでの応急処置は完璧だったと言っていいだろう。だが、ここに運ばれてくるまでのタイムロスが問題なのだ。
「せめて、あちらで少しでも治療をしてくれていれば……」
 ここまでひどい状態にならなかったのではないか。あちらの状況を考えれば仕方がなかったとわかっていても、文句を言いたくなってしまう。
「それでも、治療方法がないわけではない」
 まだ実験段階だが、近いうちに可能になるだろう。キラに協力してもらえればさらにその期間が短くなるのではないか。
 そのためにも、少しでも早く治療を終わらせなければいけない。
「……あぁ、レイも呼んでおいた方がいいね」
 キラも自分たちには無理でも年齢が近い彼にならばわがままを言えるかもしれない。それに、話を聞いてからというもの、彼もキラを心配していたのだ。顔だけでも見れば彼も安心するかもしれない。
 もっとも、それで問題がすべて解決するわけではないと言うこともわかっている。
 それでも、とギルバートはため息をつく。
「私たちがいるだけ、キラはましな方なのだろうね」
 少なくともプラントでの生活の心配がない。他のもの達も知人がいれば大丈夫だろうが、それ以外はどうなるのだろうか。
 だが、今回のことはザフトにも非がある以上、それなりのことはするだろう。できればこれを機にプラントへ移住してもらいたいと考えているもの達もいないわけではないし、と続ける。
「……まぁ、それは上が考えることだね」
 今の自分にそれをどうこうできる力はない。できるのはせいぜい大切なもの達を守ることだけだ。
 そんなことを考えつつもモニター越しに再度キラの様子を確認する。
「よく眠っているね」
 これならば体力が回復してくれるだろう。そうなれば手術も可能なはずだ。
「……後は……だめになった神経をどうやって回復させるかだね」
 自分ならばそれができると信じられているのだ。その信頼を裏切りたくはない。
「ともかく、今はレイに連絡をとるべきだね」
 そうすればラウにも話が行くだろう。
「面倒な書類は彼に任せよう」
 キラの容態を安定させるために時間がとれないと言えば彼は納得するはずだ。
「あぁ、そうだね。今ならばあの子の遺伝子を解析することも可能だ」
 今までも機会があればキラに協力をしてもらい進めてきた。
 その結果、あの二人の体質を改善できる糸口が見つかった。それを完成させるために必要以上のサンプルを採取できる。
 もちろん、キラの損傷した神経細胞を再生させるために使用する分を除いてだ。
「一年以内に終わらせたいね」
 ギルバートはそうつぶやく。
「問題は、それまでに戦争が終わるかどうかだが……まぁ、ザフトの実力を見せてもらうと言うことでいいかな」
 ラウがいるのだ。負けるはずがない。他にも数名、優秀な隊長がいると聞いているし、と続ける。
 何よりも世論が終戦への後押しをしてくれるのではないだろうか。
「ふむ……そちらの方も少し後押しをすべきかな?」
 そうすれば安心して彼らの治療も進められるだろう。
「あぁ、それがいいね」
 まずは、少なくともキラがベッドから起き上がれるレベルまでの治療をしなければ、とつぶやく。そうすれば、ここではなく自宅に引き取ることも可能だろう。
「さて……レイが帰ってきていればいいが」
 そんなことを考えつつ、彼は携帯端末へと手を伸ばした。

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最遊釈厄伝