天秤の右腕
01
プラントと地球連合の戦争が始まって、早、半年あまり。
それは未だに終わりが見えないまま、泥沼化してきていた。
問題は、それがその二つの国だけではなく他の国々へと広まりつつあることかもしれない。
特に被害を被っているのは中立を宣言し、コーディネイターとナチュラル双方に門戸を開いているオーブだ。
どちらの陣営もかの国を取り込もうと動き、その結果、オーブ国内で混乱が生じ始めている。
特に深刻なのは、反コーディネイターを謳いプラントの支配区域でテロ活動をしているブルーコスモスの流入だろうか。
そのせいで小規模ながらオーブ国内でもテロが起きている。その多くはコーディネイターも利用する施設だ。
その被害に巻き込まれたナチュラル達からあれこれと不満が上がっていることもそれを増長している。
もちろん、悪いのはブルーコスモスだとわかっているのだろう。それでも人の感情はコントロールが効かないものなのだ。
地球にあるオーブ本土からオーブ所有のコロニーへとコーディネイター達が移動していくようになったのも最近である。
その中である悲劇が起きた。
本来ならば戦闘行為が許されないシャトルの航路へ流れ弾が侵入した。その結果、民間人が乗っていたシャトルが被弾してしまったのだ。
死傷者が多数出たその事故での被害者はコーディネイターが多かった。しかし、なぜか高度な治療ができる病院がなぜか彼らの受け入れを拒んだのだ。
その背後にブルーコスモスの暗躍があったらしいとわかっていても、ことは一刻を争う。
仕方がなく、オーブは彼らの受け入れと治療をプラントへと打診した。
自分たちの失態でもあることから、プラント側はそれを快諾。
現在、護衛とともにプラントへと向かっているのだ。
その護衛が自分たちクルーゼ隊である。
「……それはかまわないんだが、何でその護衛が俺たちなんだよ」
不思議そうにそう言ったのはラスティだ。
「そういえばそうだな。もっと近くにいる部隊もいただろうに」
イザークもそう言ってうなずく。
「あぁ、悪いな。その何割かはうちのせいだ」
それに言葉を返したのはディアッカだ。
「ディアッカ?」
「今回の被害者の一人がうちの母の親戚でな……隊長の義理の弟だとは知らなかったけど」
しかも彼はしっかりと爆弾発言を投下してくれる。
「そういうことで、オーブから連絡が来た時点で親父が大騒ぎをしたんだよ。あいつらもこっちに恐怖心を抱いている可能性もあったから、顔見知りがいた方がいいだろうってことになってな」
少なくともあいつとその関係者からは悪印象が薄れるだろう。それが他のもの達にも広がってくれればいい。上はそう考えたのではないか。
「確かにな。あいつらの中には第一世代もいるかもしれないし」
幼なじみの顔を思い出しながらアスランはそう口にする。
「第一世代?」
「オーブでは今でもコロニーでコーディネイトが可能だそうだ。遺伝的な病気を持っているナチュラルがそこでコーディネイターの子供を授かることも少なくないと、オーブの知り合いに聞いたことがある」
だから、今でも一定数の第一世代の子供が誕生しているとか。他にもコーディネイターとナチュラルのカップルもそれなりにいるとも、と続ける。
「オーブなら十分にあり得ますね」
過去に何度か足を運んだことがあると行っていたニコルが同意をしてくれた。
「だからこそ、今回のことは失態だったと思う」
多くのオーブ国民にプラントへの不審を抱かせてしまった。もちろん、地球連合もだ。だからこそ、プラント最高評議会は彼らの受け入れを即断したのだろう。
「確かにな。コーディネイターへの偏見を強めるわけにはいかない」
こういうことに関して柔軟な考え方をしているラスティはあっさりとうなずいてみせる。
「だが、あの国の医師は彼らを拒絶したのでは?」
「違うな。彼らは今いる患者を優先しただけだ。それでも被害者を見捨てたくなかったんだろう。救命に必要な措置は終わっている。終わっていないのは、その次の段階らしいぞ」
命は助かっても傷跡やらリハビリまでは時間が足りずに手がつけられなかった。重傷者に関しても、最高レベルの医療ポッドが与えられている。だからこそ、プラントへの移送が可能なのだ。
「ブルーコスモス、ですか?」
ニコルがため息とともにそう告げる。
「そういえば、最近、オーブでも連中のテロが活発になっているらしいな」
そのあたりの情報はしっかりと耳にしていたのだろう。イザークがうなずいている。
「そのような状況で大量のコーディネイターを受け入れればテロの対象になりかねない。そう考えるのは仕方がないことでは?」
「……命を救う場を何と考えているんだろうな」
そこにはナチュラルもいるんだろう、とラスティがあきれたように口にした。
「連中にしてみれば、コーディネイターがいなくばれないいんだろう」
イザークが吐き捨てるようにそう告げる。
「コーディネイターさえいなければテロも起こらない。そう印象づけて少しずつ追い出しにかかっている。そういったところか」
「そういうことだろうな。もっとも、オーブがそれに唯々諾々と従うかどうかは別問題だろうがな」
少なくともアスハとサハクは抵抗するだろう。それに従うもの達もだ。ディアッカのその言葉にアスランも同意だ。
彼らの関係者や他の三家よりも多い。その影響を考えれば多数決だけで決められないはずだ。
だから、彼らがいる限りオーブでのコーディネイターの地位は心配いらないだろう。あのパトリックですらそう言っているのだから、とアスランは心の中で付け加える。
「……しかし、そうするとお前と隊長は親戚ってことになるのか」
ふっと何かを思いついたかのようにラスティがそう言う。
「被害者の中の一人がお前の親戚で、その義兄が隊長……と言うことはそうなるのか?」
「……やめれ……俺も認めたくないんだから、それは」
あの人と親戚だなんて、とつぶやきながらディアッカは腕をこすっている。
「それにしても、あの人、結婚していたのか?」
義兄と言うことは、とアスランはつぶやく。
「いや……正式に言えば別人だぞ。あの人が一時的に親戚の里子になっていただけで……」
書類上は関係ないのか、とどこかほっとしたような声音でディアッカは言う。
「ただ、プラントに来て里子を解消した後もしっかりと連絡を取っていたそうだ。だから、後見人と言うことで引き取ることにしたらしい」
ご両親は事故で亡くなったそうだし、と付け加えられてその場にいたもの達は皆微妙な表情を作る。自分たちの失態ではないのだが、それでも責任はあると思ったのだ。
「我が家でと言う話もあったんだけどな。母も俺もあいつとは顔を合わせたことがないし」
かろうじてタッドが何度か訪問したことがあるくらいだ。それよりは一緒に暮らしたことがある人間がそばにいた方が安心するだろうという配慮らしい。
「隊長は一人暮らしでしょう? 軍務についているときはどうなさるのでしょう」
ニコルがそう言って首をかしげた。
「知らなかったのか? 隊長はギルバート・デュランダル氏のところに居候しているんだぞ」
だから、あいつもデュランダル邸で療養することになるはずだ。ディアッカはそう言葉を返している。
「それならば安心ですね」
プラント籍ではないといえ同胞がつらい思いをするのはいやだし、とニコルはうなずく。
「久々に親の顔を見られると言うことで今回のことは妥協するか」
戦場にいる方がいいんだが、とラスティは笑う。戻ればあれこれと忙しいしと彼は続ける。
「そうだな」
パーティは遠慮したいとアスランもうなずく。
「ともかく、今は彼らを無事に本国まで連れて行くことを優先しよう」
それが自分たちの義務だろう。その言葉に異論を挟むものは誰もいなかった。
だから、このときのアスランはその人物が誰なのかを知らなかった。
いや、知ろうともしなかったと言うべきか。