星々の輝きを君に
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「本当にあきれたやつだな」
地面に転がっているアスランの背中を思い切り踏みつけながら、カナードはそう言う。
「どうせ、ムウ兄さん一人ならどうにでもなる。そう考えていたんだろう、お前は」
悔しげに引き結ばれた唇が、それが真実だと伝えてくる。
「残念だが、兄さんには、俺もかなわない」
少なくとも、生身では、だ。
「何を言っている。そろそろやばいんだけどな、俺の方が」
もうじき、三十路だしなぁ……とわざとらしい口調で彼は付け加える。
「兄さん。冗談は後にしてください」
こいつが自分に都合のいい誤解をしてしまうだろう。カナードはそう続けた。
「今だって、どうせ兄さんが《ナチュラル》だから何とでもなる。そんな馬鹿なことを考えていたんですよ」
もっとも、それがただの思い込みだと自覚しただろうが……と続けながら、カナードはアスランを踏みつける足に力を込める。その瞬間、彼がうめいたような気がするが、あえて無視をした。
「まったく……少し考えれば、わかるでしょうに。普通の人間が俺たちの《兄》なはずがないと」
カガリですらああなのに、と付け加える。もっともカガリの場合、もう少しおしとやかでいてくれてもいいのだが。
もっとも、彼女の場合、一番身近にいるお手本がロンド・ミナだという時点で手遅れかもしれない。自分もあれこれたたき込んだような気がするし、そもそも、ウズミが止めないのだ。自分があれこれ言う権利はない。
「カガリという例もあるのに」
それでも、アスランに理解させるには彼女の存在を引き合いに出すのがいいだろう。
「カガリかぁ」
あのこの場合、ちょーっと強くなりすぎた気がするが……とムウは笑った。
「ディアッカといい勝負だしな」
コーディネイターの質が落ちたのでなければ、彼女の実力が伸びただけだろう……と彼は付け加える。
「あいつはたたけばたたくほど伸びるかららな」
みんなおもしろがるのではないか。さらに彼はこう付け加える。
「軍でもあそこの実力の持ち主はそういないぞ」
この言葉に苦笑しか出てこない。
「しかし、こいつらは何を教えられているんだ? ナチュラルはみんなコーディネイターよりも下だと思っているのか?」
彼はそうも言う。
「アカデミーでもそんな馬鹿な教育はしてないはずだぞ」
それに言葉を返したのはカナードではない。
「虎さんか」
にやりと笑いながらムウが視線を移動した先にはバルトフェルドとラウがいた。
いや、彼らだけではなくイザークをはじめとするアスランの同僚達も、だ。
「ナチュラルの中には、そこにいる鷹さんのように、コーディネイター以上の身体能力を持っている人間がたまにいる。数は少ないとはいえ、侮るな……というのがアカデミーの教えだと思ったんだがな」
どうなんだ? と彼はイザーク達に問いかけている。
「そのような話を聞いた記憶はあります」
ただ、聞き流したものもいるのではないか。イザークがそう言い返す。
「……俺はムウさんを知っていたから納得したけどな」
後はカガリか、とディアッカが苦笑混じりに付け加える。
「でも、それならアスランだって同じ条件じゃねぇ?」
ミゲルがこう問いかけた。
「それを現実として認識できないからこそ、そういう状況になっているのだろうね」
おそらく、営巣から脱走したことも、彼の脳裏の中では『何とかなる』ことではなかったのか。ラウがため息混じりにそう告げる。
「自分の部下がここまでおろかだとは思わなかったよ」
彼はそう続けた。
「それとも、何か反論があるのかね」
アスランの常識ではなく自分たちのそれで納得できるような、と彼はアスランをにらみつけながら問いかける。
「あなた方が、キラと話をさせてくれないのがいけないではありませんか?」
それに、アスランがこう言い返してくる。
「キラが、お前に『会いたくない』と言っているんだがな」
それには耳を貸すつもりがないのか。カナードはそう言いたい。
「あなた方がキラに強要しているのでしょう?」
だから、どうしてそんな結論になるのか。
「だったら楽だったんだがな。間違いなくキラの意思だ」
カナードはそう言い返す。
「文句を言うなら、あいつのトラウマを刺激しまくった自分にしろよ」
本人の記憶に残っていないある事件。しかし、しっかりと深層意識の中で存在している。それを刺激して揺り起こしたのはアスランだ。
この言葉とともに、カナードは思い切りアスランを蹴飛ばす。しかし、それを制止しようとするものは誰もいなかった。