星々の輝きを君に
106
自分がここにいていいのだろうか。
部屋の隅でお茶を飲みながら、キラはそんなことを考えてしまう。
「何を考えているの?」
不意に、頭の上から柔らかな声が降ってくる。
「アイシャさん……」
顔を上げながら、彼女の名を呼ぶ。
「つまらなそうな表情をしているわね」
まぁ、ここは女の子には退屈かもしれないが……と彼女は続けた。
「そう言うわけではないんです」
それに、キラは慌てて言い返す。
「違うの?」
聞き返してくるアイシャに、キラは小さくうなずいて見せた。
「兄さんたちが僕を戦いに関わることから遠ざけようとしていることは知っているの」
でも、と彼女は続ける。
「ここにいるとね。ついつい手出ししたくなって……兄さんたちもそれを知っているからきっと、ここに僕を連れてこなかったんだと思う」
だから、と言えばアイシャは小さくうなずいて見せた。
「そうね。でも、今は仕方がないわ。我慢してね」
あそこまであっさりと脱走されるとは思わなかった……と彼女はため息をつく。一度、性根をたたき直さないといけないかもしれない。こうも付け加える。
「アイシャさん?」
その言葉を『怖い』と思うのは、兄やロンド・ギナ、そしてその姉であるロンド・ミナが同じようなセリフとともに言葉通りの行動をとっていたからだ。その後、軍人達が屍のようになっていたところを目にしたこともある。
「だってそうでしょう?」
にっこりときれいに笑いながらアイシャは言葉を綴った。
「今回は、脱走したのが――言葉は悪いけど――行動が読みやすい相手だから対策もとれるけど、これがスパイだったら今頃、大変なことになっているわ」
言外に、地球軍の接近について彼女は触れている。
「あの子は、まぁ、うちの虎の子を壊すことはないでしょう」
MSさえ無事ならば、この拠点を捨てても何とかなるから。そう言って彼女は笑う。
「……それよりも、暇ならばちょっとお願いをしてもいい?」
「何でしょうか」
話題をそらされたような気がするが、と思いながらキラは聞き返す。
「医療装置の調子がおかしいのよ。この前、停電したときにシステムの一部にバグが出ちゃったようなのよね」
しかし、どこをどう直せばいいのか、わかる人間がいない。いや、時間さえあればできるのだが、そのための人材を回せる余裕がない……とアイシャはため息をつく。
「わかりました」
そう言うことならば、手を出しても怒られないのだろうか。
「とりあえず、システムのソースを見せていただけますか?」
医療用のシステムなら前に手がけたことがあるから、といながらキラは腰を浮かせる。
「でも、その前に兄さんたちに断りを入れておかないと」
だめ、と言われる可能性があるから……とキラは続けた。
「それは当然よね」
自分も一緒に行くわ、とアイシャはうなずく。
「問題は、声をかけて反応を返してくれるかどうかだけど」
周りの者達は、キラが集中しているときに現実に連れ戻すのは難しい、という。しかし、それはカナードだって同じだ。
「ムウ兄さんなら、大丈夫かな?」
カナードが作業をしているときは、きっと、彼は手持ちぶさたであちらこちらをぶらついているか、グラビア雑誌を見ているに決まっている。
だから、大丈夫だろう。
キラはそう考えると彼らが作業している場所へと歩み寄っていく。
「どうした、キラ」
予想通り、と言っていいのだろうか。ムウが声をかけてくる。
「ちょっと、この子にお願いしたいことがあるの。医療システムが不調なのよね」
戦闘には関わらない部分だが、重要な場所だから……と先に言葉を返したのはアイシャの方だ。
「ということだから、手伝ってきてもいい?」
キラはムウの顔を見つめながら問いかける。
「行ってこい」
そう言うことなら、と彼は笑った。
「ただし、ソウキスを一人、連れて行け」
それが条件だ、と彼は続ける。
「でも……」
「俺だって、自分の身ぐらいは守れるぞ。それにカナードもいるしな」
それよりも、キラの方が心配だ……と彼は真顔でいう。
「あいつなら、集中しすぎているときのお前でも現実に連れ戻してくれるだろう」
これはからかわれているのだろうか。それとも、とキラは悩む。
「私もそばにいるんだけど……過保護なシスコンには何もいっても無駄よね」
そんな彼にアイシャがこう言い返す。
「ということで、許可が出たからいきましょう」
言葉とともに彼女はキラの腕をとった。そのまま歩き出す。
「行ってきます」
キラはそう言うとムウに手を振る。そんな彼女たちの後を当然のようにソウキスが追いかけてきた。