星々の輝きを君に

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「ずいぶんと馬鹿なことをしたようだな」
 婚約者がいる身で、と口にしながら、カナードが近づいてくる。その後ろにもう一つ、一回り大きな人影が確認できた。
 しかし、何故、こんなにも黒いのだろうか。
 そう考えて改めて確認すれば、カナードだけではなく、彼の背後にいる人物も黒づくめの服装をしているのがわかった。
 いや、服装だけではない。彼の背中を追おう長さの髪もやはり漆黒といってふさわしい色をしている。
 その瞬間アスランの脳裏に浮かんだのは、オーブのある首長家の一人だった。
「……ロンド・ギナ・サハク」
 オーブでも珍しいコーディネイターの首長。
 その人物が、何故、ここにいるのか。
 あるいは、彼がここにいるからカナードは自由に動き回っているのかもしれない。そう心の中で呟いたときだ。
「これが、私の可愛いキラを苦しめている元凶その2か?」
 ギナが低い声でカナードに問いかけている。
「あの子を所有物扱いしないでください」
 ため息混じりにカナードが言い返す。
「いいではないか。婚約も決まったのに」
 小さな笑いと共にギナが反論をした。
「……婚約?」
 誰が、とアスランは思う。
 今までの話の流れからすれば、結論は一つしかない。しかし、それを認められるはずもなかった。
「まぁ、これでキラも望まぬ婚姻を押しつけられることはないであろう」
 正式に決まったことである以上、誰も反対できない。ギナはきっぱりとそう言いきった。
「……嘘だ」
 そんなことがあるはずがない、とアスランは反射的に口にする。
「何故、嘘だと思うのだ?」
 キラも年頃である以上、そんな話が出てきてもおかしくはない。アスハの血族である以上、なおさらだ。
「キラは、俺の傍にいるべきなんだ!」
 他の誰かの隣にいるなんて認められない。アスランはそう言い返す。
「だが、貴様には既に婚約者がいるではないか」
 そちらの女性と結婚しなければいけないのだろう? とギナは問いかけてくる。
 しかし、それはアスランの答えを待っているものではなかった。
「それとも、キラを愛人にするつもりか?」
 もちろん、そんなことは認められない。そんなことになった場合、即座にオーブはプラント――ザラとの関係を絶つであろう。彼は即座にこう続ける。
「……そんなこと……」
「ないというか? あれはオーブにとっても重要な存在だぞ」
 ザラとキラのどちらを取るか。その選択を迫られた場合、キラを取る、とギナは言う。
「既に、オーブとプラントの間にはエルスマンとのパイプがあるからな」
 だから、別に構わない……とそう言いきった。
「……だから? あいつが俺を選ばないように、他の人間と婚約させたと言うわけですか?」
 本人の意志を無視してか、と心の中で付け加える。
「言っておくが、選択権はキラにあったぞ」
 自分たちは強要していない、とカナードが言う。
「もっとも、お前はお前を選ばなかった、という時点で認める気はないのだろうが」
 どこか蔑んだかのような口調で彼が言葉を重ねる。
「当たり前でしょう! あいつは俺の傍にいるべきなんだ! それを邪魔したのはあなた方でしょうが」
 即座にこう言い返す。
「その前に与えたハードルを全てたたき壊してくれたお前が悪い」
 自分はちゃんと必要だと思う選択肢をアスランに与えていた。だが、間違った選択肢を選んだのはアスラン自身だ、と彼は言う。
「もっとも、俺たちはお前に答えを教えるつもりはなかったがな」
 自分で気付かなければ意味のないことでもある。彼はそう続ける。
「恨むのであれば、自分自身を恨むんだな」
 こう付け加えると、カナードは既にアスランには興味がないというように視線をそらす。
「とりあえず、あれの顔も見ていきますか?」
 不本意ですが、と彼はギナに問いかける。
「そうだな。あれにもキラの婚約のことは言っておかずばなるまい」
 ついでに引導を渡してくるか、とギナは楽しげに頷いて見せた。
 やはり、キラの婚約者はこの男なのか。それとも、とアスランは思う。しかし、それを問いかけるよりも先に、彼らは歩き出していた。
「……キラは俺の傍にいるべきなんだ」
 二人の背中に向かってアスランは吐き捨てる。しかし、それに彼らが足を止めることはなかった。


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最遊釈厄伝