Runners
29
フレイに指示を与えていた連中が差し向けたらしい船は、それから程なくしてラミアスの艦へ投降信号を上げた。
「……助かった……」
「とりあえず……死なずにすんだんだよな、俺たち」
ナチュラルもコーディネーターも関係ない。初めて体験した――と言っても、彼らがしたのはあくまでも船体のコントロールの補助だけだったが――戦闘に、少年達は疲労の色を隠せない。
「ご苦労さん。とりあえず部屋に戻って休んできてもいいぞ。特に坊主はな。顔色が悪い」
このフラガの言葉にまず反応したのはカガリとアスランだった。
「キラ、大丈夫か?」
キラが座っているシートの背に手をかけながら、アスランが問いかけている。
「うん……大丈夫だと思うけど……」
そう言いながら微笑むキラの言葉を信じる者は誰もいないだろう。
「キラ、休め。この後のことは私がいれば十分だろう。それよりも、今お前に倒れられる方が困る」
カガリは何とかキラを説得しようと言葉を口にした。
「……でも……」
キラがさらに何かを言おうとする。
「それとも何だ? キラは私が信用できないのか?」
カガリはそんなキラを睨み付けるとさらに言葉を重ねた。
「そう言うわけじゃないけど……」
「なら信用しろ。ここには私だけじゃないし……大丈夫だ」
な、と言えば、渋々といった様子でキラは頷く。
「キラのことは任せて貰っていいから」
即座にアスランがキラの体を抱え上げる。
「アスラン!」
そんなことをされるとは思っていなかったのだろう。キラは慌ててその腕から逃れようともがきはじめた。
「キラ様、おとなしくなさってくださいませ。お顔の色、本当にお悪いですわ」
少しでも体を休めろ、とラクスが口にすれば、
「何なら、アスランじゃなく俺が運んでやろうか?」
ディアッカがどこかから買うような口調でこう声をかけてくる。それがますますキラの動きに拍車をかける。
「キラにはそれじゃ逆効果だって」
トールが苦笑混じりに言葉を口にすれば、サイ達も大きく頷いていた。
「……お前は、どうしてこう緊張感がないんだ」
一方、ディアッカのすねを蹴飛ばしながらイザークがあきれたように怒鳴りつけている。
「それがディアッカらしいと言えばディアッカらしいんですけどね」
諦めた方がいいと言うことを一番よく知っているのは貴方でしょうと、ニコルがイザークに声をかけた。
「だから、余計に恥ずかしいんだろうが」
あいつらが見ているだろうと告げたイザークの先にいたのは、もちろんトール達だ。
「別に、なぁ」
反射的にトールが隣にいたミリアリアに同意を求める。
「むしろ安心できるわよね」
微笑みながら彼女がこう言えば、
「同じ人間だって思えるしさ」
カズイも大きく頷いて見せた。
「ほら、見ろ」
そう言う点も考えて、だな……と言うディアッカの言葉が嘘だと言うことを誰もが気づいていた。もっとも、それを指摘する者はいなかったが。
「アスラン。さっさとキラを連れていけ。ついでの他の連中もな」
聞かなくていい話もあるだろうし……と言いながら、カガリは彼らを追い出すように手を振る。
「と言うことだから、まず俺たちから行こう、キラ。でないと、他のみんなが気にして動かないよ」
アスランの言葉に、キラはどうするべきかと悩むような表情を作った。だが、その隙を見逃すアスランではない。
「では……何かあったらすぐに連絡を」
カガリにこう言い残すと、キラを肩に抱え上げたままエレベーターの方へと移動していく。そのすぐ側をラクスが付いてくる。
「アスランってば!」
キラの叫び声が、虚しくブリッジ内に残された……
それからどのような話し合いがあったのか。
キラ達の耳までは届かなかった。
ブリッジにもラミアスの艦から派遣されてきた者が担当してくれるようになったため、キラが責任を持たなければならない時間は格段に減った。その分、休養が取れるようになったのだが……
「カガリ……何で教えてくれないわけ?」
そうすればあれこれ考える時間が増えると言うことでもある。そして、キラが今一番気になっていることと言えばこれだった。
「いいじゃないか……と言いたいところだが、私もあいつらがどうなったのか教えて貰っていない。この船は月まで行って、そこでそれぞれがそれぞれの場所へ戻っていくと言うことはちゃんと話したぞ」
知らないことは教えられない……と言い切る彼女の言葉はもっともなものだろうが。
「……何を言われるんだろうな……」
カガリを含めた者たちを危険にさらしたことを……とキラが口にしなくても、カガリにはわかったようだ。
「誰にも何も言わせないさ。キラがいたから私たちは無事に帰り着けたんだぞ」
だから心配するな、というカガリに、キラは微笑みにかすかに苦いものを含ませる。彼女はそう言うが、間違いなくそれなりの責任を取らされるだろうとキラは思っていたのだ。
「まぁ、何か言われてオーブに居づらくなったら、かまわないからプラントに来ればいい。母さんが無条件で身元引受人になってくれるはずだし」
キラ達の声が耳に届いたのだろう。二人の会話にアスランが口を挟んでくる。
「誰がそんなことを!」
キラはずっとオーブにいるんだ、とカガリがアスランに詰め寄った。
「だけど、うるさい方々がいるのでしょう? なら、プラントの方が楽かもしれませんよ」
さらにニコル達までが二人の側に集まってくる。
「……連邦に……とは言えないもんなぁ……」
残念だよ……と言ったのはサイだ。気がつけば、フラガとクルーゼ以外のメンバーのほとんどがここに集まっていた。
「フレイは?」
ただ独りこの場にいない少女の名前をキラが口にしたとたん、周囲の空気が微妙に変化をする。
「……今、フラガ少佐達に呼ばれてる……」
不安そうにサイが答えたのも無理はないだろう。元はと言えば、彼女が全て原因のようなものだ。もっとも、実際の被害は最初のあれだけだったが。
「じゃ、あの件かな? 心配いらないと思うよ」
その件に関しては事故ですませよう……というのがフラガ達の出した結論だった。それを事前に聞かされていたキラは、てっきり他のメンバーも知っていると思っていた。しかし、彼らの様子を見ると違うらしい。
「何でそう言いきれるんだ?」
イザークがきつい口調で問いかけの言葉を発した。
「フレイの場合、家族――正確に言えばお父さんかな――の影響が強すぎて、自分でも判断が出来なくなっていた……と言うことから情緒酌量の余地があるんだって。もっとも、お父さんの方にはそれなりの責任を取って貰うことになりそうだけどって、クルーゼさんとかフラガ少佐達が言ってたけど……聞いてないのかな?」
だとしたら、言わない方がよかったのか……とキラは悩み始める。
「そう言うことか。なら、俺としては異存はないな。個人的に、お前の件に関しては許したくないが……」
肝心の本人が許してしまうんだろうからな……とアスランがため息をつく。
「というか……痛みがなくなると同時に忘れていると思うぞ、キラの場合」
困った性格だよ、とカガリもまたため息をついた。
「……ともかく、キラがプラントに来てくれるのなら大歓迎だな」
ディアッカが話を元に戻そうとするかのように言葉を口にする。
「そうですよね。身元保証人なら、うちの両親にも頼めますし」
「家やイザーク、ラクス嬢の所も無条件だろうな」
と言うわけで、身、一つ出来てくれてもいいぞ……とまるでプロポーズのようなセリフを口にした瞬間、ディアッカの後頭部を数人分の拳が襲った。
「……みんな……それって、やりすぎじゃ……」
「いいんだよ、こいつは。いつものことだ」
ものすごい音がしたよ、とキラが口にすれば、
「そうです。キラさんは気にしないでください」
即座にイザークとニコルが微笑みを浮かべる。
「……結構過激なコミュニケーションだな……」
ぼそっとカズイが感想を漏らす。その口調はキラも知っている彼本来のもので、コーディネーターに対する偏見もこだわりも感じられない。最初の頃はこうして言葉を口にすることはおろか側にいることもいやがった彼にしてみれば、かなりの成長だと言えるだろう。
「……ともかく、キラが遊びに行くというのなら止めないが、移住は認めないからな!」
カガリが拳を振り回しながらこう叫ぶ。
「キラにとって居心地がいいところにいた方が苦労が少ないって言うだけだろう?」
平然と言い返すアスランの言葉は、その場にいたカガリとキラ以外の者を納得させるのに十分なものだ。
「……って言うかさ……彼女が一番キラに苦労かけているんじゃないのか?」
ぼそっとトールが口にする。
「私が、いつ、キラに迷惑をかけた!」
しっかりと聞きとがめたカガリが、今度は怒りの矛先をトールへと向けた。
「今もかけているだろうが」
違うのか、とトールの代わりに口にしたのはイザークだ。
「……お前らとはじっくりと話し合う必要がありそうだな、キラのことに関して……幸い、もう厄介事はふってこないはずだし」
そんな一同に向かって、カガリがまるで肉食獣のような笑みを見せる。
「……だから、いつ、そう言う話になったんだよ……」
キラのこの呟きは、誰の耳にも届かなかった。