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 キラがアスランの背中に寄りかかりながらうとうとしている。
「……やっぱり、疲れていたんだな……」
 そんなキラを起こさないように、声を潜めてカガリが言う。
「仕方がないさ。いろいろあったし……」
 俺たちはそこまで出来ないし、と付け加えるアスランは本当に悔しそうだ。
「でも、どうしてキラさんはあんなに資格を取られたのでしょうか。カレッジの助教授というだけでもかなり大変だったのですよね」
 ニコルがふっとこんな疑問を漏らす。
「……キラが、コーディネーターだからだよ。父上はともかく、他の首長達が過大な期待をかけたのさ。私の補佐としての……キラはこういう性格だから、そうしなければ自分は必要とされなくなってしまうって思いこんだようだし……」
 それとも思いこまされたのだろうか……とカガリが小さく付け加えた。彼の身に施された治療の費用を楯に、と。
「それって、何か頭に来ますね」
 珍しくもニコルが声をとがらせる。
「って言うか……その治療費って、オーブの国庫から出たのか?」
「いや、お祖父様の遺産と……後は父上達の私財だ。だから、気にすることはないと言ったんだが」
 それで聞き入れてくれるような性格じゃないし……とカガリはため息をつく。
「それがキラのいいところでもあるんだけどね」
 だが、確かに度が過ぎているな……とアスランが呟いたときだった。
 ブリッジ内に警報が鳴り響く。
 同時に、アスランの背中にあったはずのキラのぬくもりが消え失せる。
「来ましたか?」
 そう告げるキラの口調には、まったく眠気は感じられない。アスランが覚えている彼はどちらかというと寝穢いと言える方だった。と言うことは眠ってはいなかったと言うことなのだろうか。
 目を閉じて体を楽にしているだけでも確かに少しは休めるだろう。だが、キラにはもっとしっかりと休んで欲しかった……というのが彼らの本音だ。もっとも、それを本人が聞き入れてくれるとは思っていないが。
「……あぁ……よりによってこのタイミングかよ……って言いたくなるよな、普通なら」
 わざとらしい渋面を作りながらフラガがこう言えば、
「だが、こちらとしてはある意味ありがたいとしか言いようがない」
 キラに操縦席を明け渡しながら、クルーゼが笑う。
「そうですね。合流まで後1時間ほどでしょう?」
 ラミアスの艦の位置を確認しながら、キラはあれこれプログラムを立ち上げはじめた。キーボードを叩く早さは普段通りの彼と変わらない。それだけ見ていれば、彼が疲れているとは誰も思わないだろう。
「だな。ってことは、デコイに引っかかってくれたってことだよな」
 ついでに、あちらの探査システムは精度が悪い、とフラガは言い切る。
「そのおかげで計画が予定通り進行しているのだ。そう笑うな」
 船の火器を操作するシートへと身を沈めながら、クルーゼが言葉を返した。
「この船の探査システムの精度がいいだけだろう?」
 それに被さるように、カガリが自慢げにセリフを口にする。
「で、私たちは何をすればいい?」
 その言葉の裏には『何もしなくていいと言うなよ』と言う意味が隠れていることを誰もがしっかりと読みとっていた。そして、その言葉はアスラン達を代表していると言ってもいいだろう。
「……とりあえず通信と動力関係をお願い。そちらまで手が回らなくなるかもしれないから」
 攻撃と防御に関しては、クルーゼとフラガだけで大丈夫だろう、とキラは付け加える。
「わかった」
 カガリのこの言葉に少しだけ残念な響きを感じ取ったのはアスランの気のせいであろうか。
 そんなことを考えながら、アスランはとりあえず機関部のシートへと身を滑り込ませた。通信用のシートにはいち早く移動をしたカズイが収まっている。出遅れた面々は仕方がなく、空いているシートへと落ち着いたようだ。
「お嬢ちゃん。相手を殺すわけにはいかないんだよ。誰の仕業か、聞き出すためには」
 言外にそこまでの配慮が出来ない攻撃しかできないだろう……とフラガに言われて、カガリは盛大に顔をしかめた。
「……カガリ……」
「わかっている。それが正論だと言うことはな」
 そう言いながら、カガリは場所を移動していく。
「座れなかった者はどこかに掴まっていなさい。揺れるぞ」
 クルーゼの注意が飛んだ瞬間、船体が大きく傾く。それはあまりに急激な動きだったせいか、慣性相殺装置でも対処しきれなかったようだ。
「キラ!」
「ごめん。ミサイルを避けたんだ!」
 カガリの呼びかけにキラが明らかに余裕がないとわかる声で言葉を返す。
 それにアスランはようやく自分たちがしているのはゲームではないと思い知らされる。そして、それは他のメンバーも同じようだった。

 相手のミサイルが当たった場所が悪かったのだろうか。
 船体が今までとは違った意味で大きく震動をする。同時に、これまでの動きでゆるんでいたらしい部品が一つ外れた。
「キラ!」
 それがキラを直撃する。
「大丈夫!」
 周囲を心配させないように、キラはすぐにこう言葉を返した。しかし、おそらくそれが触れたとき額が切れたのだろう。血が流れ出すのが自分でもわかった。
 そんなキラの血を、背後から伸びてきた手がそうっとハンカチでぬぐってくれる。
「……フレイ?」
 それがフレイの手だと気づいて、キラは驚いたように視線を向けた。まさかあれだけコーディネーターを嫌っていた彼女がこんな風に触れてくるとは思わなかったのだ。
「あんたに今ミスられると、私まで死んじゃうじゃない。だからよ」
 別にコーディネーターが好きになったわけじゃないわ、と告げる彼女の言葉が真実みを失っているような気がするのはキラだけだろうか。
「ありがとう。助かるよ」
 キラは柔らかに微笑むとこう言葉を返す。
「だから、自分のためだって言っていたでしょう?」
 どこか照れたような表情を作ると、フレイはキラから離れていく。
「お嬢ちゃんも素直じゃないから」
「いいじゃないか。少しでも態度が和らいでくれたのなら」
 キラの頭越しに大人達が会話を交わす。そのどこかのんびりとした口調とは裏腹に表情は引き締まったものだ。
「……坊主……あちらは?」
 そろそろ合流できる時間だろう、と、フラガが問いかけてくる。
「どうやらあちらの背後から回り込むつもりのようです。後30分はかからないと思います」
 どこまで回り込むか、それはラミアスの判断次第だろうとキラは付け加えた。
「まぁ、彼女にもこちらの様子がわかっているはずだから……タイミングをはかっているだけなんだろうが……」
 ちょっ〜と辛いかな……というのは本音だろう。
「防御のシステム、オートにしますか?」
 少しは楽になるだろうとキラは言外に付け加えながら問いかける。ただし、命中精度は落ちることになるが。
「いやいい。変なところに当たるのはまずい」
 それに、このくらいで音を上げていられないって、職業柄……というフラガの声がほんの少しだけ楽しそうに感じられた。
「だったら、最初から泣き言を言うな」
 クルーゼがそんなフラガに向かって冷たい言葉を投げつける。
「いいじゃないか。多少の愚痴ぐらい」
 それで気分が晴れるんだから……と言いながら、フラガは相手から発射されたミサイルを撃ち落とす。
「それで子供達に不安を感じさせなければな」
 実際、ナチュラル側のカズイやミリアリアなどは不安を隠せないという表情を作っている。
「そりゃ、悪かったな」
 フラガが言葉とともにまたミサイルを撃ち落としたときだった。
「20時の方向から熱源接近中……これって、レーザー砲か?」
 カガリの声がブリッジ内に響き渡る。その瞬間、誰もが身をこわばらせた。
「大丈夫だよ。こちらの船体には当たらない」
 咄嗟にその軌道を計算したらしいキラが皆を安心させるように言葉を口にする。
「あちらのエンジン部分を狙っているね。ラミアス少佐の艦から発射されたものだと推測できます」
 後半部分はフラガ達に向かって告げられた言葉だ。
「らしいな。ずいぶんと腕のいい砲手を確保しているな、彼女は」
 命中精度がすごい、とクルーゼが感心をしたように口にする。
「あちらの船からオープン回線で通信が入っていますが……出しますか?」
 カズイがどこか安心したような口調でこう問いかけてきた。
「出してくれ。たぶん、あちらに対する警告だろうがな」
 さて、これで少しは楽になるかな……とフラガは付け加える。
『所属不明船へ告ぐ! 貴船が攻撃を加えているのは、オーブ首長国連邦より保護要請が出ている船である。至急攻撃をやめ、こちらの臨検を受け入れられたし。繰り返す……』
 だが、相手は攻撃をやめようとはしない。だが、その対象がキラ達からラミアスの艦へと映ったのは事実だ。
「とりあえず一息つこう。ただし、警戒は怠らないように」
 クルーゼが穏やかな口調で全員に言葉をかける。
「まぁ、俺とお前がもう少し踏ん張ればいいだけのことだ」
 フラガの言葉に、クルーゼが苦笑を浮かべた。
「コーヒーはまだあるかな? あったらくれないか?」
 他の者も飲みたいものがあれば、飲むといい……という彼の言葉にミリアリアとラクスが即座に動き出す。それにフレイも手を貸したのを見て、キラが小さく安堵のため息をつく。
 このまま、厄介事が終わってくれればいい……と誰もが本気で思っていた。




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最遊釈厄伝