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 それでも、航海自体は穏やかなものだった。
 本来の目的を思い出したかのように、皆、あれこれくだらない話を交わし合っている。もっとも、その中で一番多く話題上るのがキラのことだ……と言うことに本人だけは頭を抱えていたが。
 自分のことをあれこれ言われていたたまれなくなってしまったキラが食堂の隅へと移動をすれば、アスランが追いかけてくる。
「いいじゃないか。共通の話題があるだけで、何か仲良く慣れたような気がするんだから」
 実際、あいつらがあれだけ変わると思わなかったよ……と言いながらアスランが視線を向けた先には、トールと何やら話し込んでいるイザークとディアッカの姿があった。
「あの二人は、ナチュラルをかなり毛嫌いしていたはずなんだけどな。今はそんな様子は全くないだろう」
 まぁ、トールの性格もあるんだろうが……とアスランは付け加える。
「そうだね。トールもミリィも、まったくこだわりを見せないから」
 ある意味、それで救われている面も大きい……とキラは微笑んだ。
「これがこの場だけじゃなければいいんだけど」
 少なくともトール達に関しては大丈夫だろう。
 だが、イザーク達はどうだろうか。
 彼らに関するデーターをこの航海で自分の目で確かめた以上のことを知らないキラとしては、判断に悩む。
 そして、フレイは……
 かなり態度は軟化したように思える。実際、この場にも姿を見せていた。もっとも、自分から声をかけるのはあくまでもナチュラル達とキラだけだが、ラクスが声をかければそれなりに応対している。
 それは最初の彼女の態度から比べれば雲泥の差だと言っていい。
「そうだね。少なくとも、僕やラクス、ニコルは心配いらないよ。あの二人にしても大丈夫じゃないかな?」
 少なくとも、再会の約束をしているようだから……とアスランはキラは微笑みかけた。
「そっか。彼らについてよく知っているアスランがそう言うなら、大丈夫だよね」
 キラが安心したような微笑みを作れば、アスランはさらに笑みを深める。
「俺としては、キラもこのままプラントに来てくれれば安心できるんだけど……」
「そんなことを言うと、またカガリが切れるよ」
 二人とも自分のことを心配してくれていると言うことはキラにもわかっていた。だが、それから導き出す結論は正反対だと言っていい。
「それに、本国には父さんと母さんもいるし……」
 二人の側にいたいから、とキラが言えば、アスランは仕方がないというようにため息をつく。
「おじさんとおばさんがいるんじゃ、仕方がないか」
 こうアスランが言ったときだった。
「ようやくお前も納得したようだな」
 頭の上からカガリの声が降ってくる。
「納得したわけじゃないよ。キラの希望を優先するだけだ。俺としてはキラにはプラントの方が暮らしやすいと思うんだけどね」
 誰かさんの尻ぬぐいもしないですむだろうし……というのは明らかにイヤミだろう。
「何が言いたい、お前は……」
「別に」
 また始まってしまった口げんかに、キラはため息をつく。
「どうして、アスランとカガリって顔を合わせるたびにこうなんだろう」
 こう呟けば、
「こいつが物わかり悪いからだ」
 異口同音こう返ってくる。
「……なんだかんだ言って、実は仲がいいんじゃないの、二人とも」
 キラの言葉を耳にした瞬間、二人が心底嫌そうな表情を作ったのは事実だった。

「明日には月に着くからな」
 久々にキラがブリッジに顔を出したときだった。フラガがこうに声をかけてくる。
「そうですか」
 ほっとしたようにキラが呟けば、
「ようやく俺も肩の重荷がおろせるよ……また他の厄介事を押しつけられそうだがな」
 フラガが苦笑を浮かべながらキラの頭を撫でた。
「その時はまた、協力を頼むかもしれないが」
 彼の言葉で、フラガがこれから何の任務に就くのかわかってしまう。
「僕で出来ることでしたら……」
 キラが即座にこう言い返せば、フラガがふっと意味ありげに笑った。
「そうか、そうか……じゃ、とりあえずオニーさんと一緒に寝てくれる?」
 言葉とともにフラガの腕がキラの体を引き寄せる。
「あ、あの……」
 一体何を、とキラが口にする前に、そんなフラガの後頭部に誰かがファイルの背を振り下ろした。
「何遊んでいるのかしら、ムウ・ラ・フラガ少佐?」
 声がした方向家視線を向ければ、モニター越しに顔を見た女性士官の姿がある。
「ラミアス少佐? いらしていたのですか?」
 フラガの腕に抱き留められたままキラがこう言えば、彼女は優しく微笑む。
「こちらにお邪魔している部下から、この船のシステムがすばらしいから……と聞かされたの。なので、月に着く前に一度見学させて頂こうと思って……」
 ついでに、誰かさんに報告書を書いて貰おうかと、とラミアスが続けた瞬間、フラガの視線が不自然に泳ぐ。どうやら、今のおふざけはそれから逃れたいという逃避行動だったらしい、とキラは推測をした。
「フラガ少佐、がんばってください」
 思わずこう言えば、フラガはキラにもたれかかってくる。
「やめてくれ……書類関係が一番キライなんだ、俺は」
「諦めてください。一応、連邦側の責任者なのですし、貴方は」
 笑いながら言葉を口にすると、ラミアスはキラからフラガを引きはがす。
「と言うことで、フラガ少佐は書類書きをお願いしますね。キラ君は、よければシステムについて説明をしてくれますか?」
 キラのように明らかに年下の者にもきちんと礼を尽くしてくれる。そんな彼女にキラは好意を抱く。
「喜んで」
「嬉しいわ」
 ラミアスがさらに笑みを深めると言葉を返してくる。
「では、お願いしますね」
 キラが頷いたのを確認して、ラミアスは再びフラガへと視線を向けた。
「報告書の提出期限は本部に着くまでですから。何なら、クルーゼ氏にお手伝いいただけばいいのでは?」
「あいつに借りだけは作りたくないんだよ」
「なら、自力でどうぞ」
 ラミアスの容赦のない言葉に、フラガは諦めたようにため息をつく。
「坊主……というわけで、彼女の面倒を頼むな」
 仕方がない、さっさと終わらせるか……と呟くとともにフラガは自室へと移動を開始する。
「……大丈夫なんでしょうか……」
「さぁ」
 まぁ、何とかして貰うしかないでしょうと告げる彼女に、キラも頷くしかできなかった。

 約一名疲れ切った人間を別にして、アスラン達はだんだん大きくなって行く月の姿に喜びを隠せない。
「……やっと……だね」
 キラがほっとしたような口調で言葉を口にする。
「だな」
 カガリの表情にも安堵の色が浮かんでいた。
「怒られるとしても、とりあえず全員無事に連れ帰ってきたし……あいつらの犯罪の証拠も掴めたし……それで父上を味方にしよう」
 そうすれば、お前の責任を追及する者はいない……と付け加える彼女に、キラは苦笑を返す。
「まぁ、何か言われたら、さっさとアスラン達の所へ行くだけだけどね」
 その表情のままこう言えば、カガリはむっとしたように頬をふくらませる。だが、それが冗談だとわかっているから、あえて文句は言い返してこなかった。これがアスラン相手であれば無条件で口げんかへと発展していっただろう。
「……もちろん、ほとぼりが冷めたら帰ってくるんだよな?」
 それでも確かめずにはいられなかったのか。カガリはこんなセリフを返してきた。
「どう答えて欲しい?」
 こう言い返したのは、カガリのアスランへ対する態度へのキラの収支返しだったのだろうか。
「……キラ……あいつといて、性格の悪さが移ったか?」
 むっとした表情で言い返すカガリに、キラはこの航海が始まって初めて笑い声を立てる。その瞬間、カガリは渋面を解いた。
「ようやくお前も緊張から解き放たれたようだな。久々に見たよ、その笑顔」
 そして、同じように微笑みを返してくる。
「だって、ここまで来れば僕ががんばる必要、ないだろう?」
 後は連邦の人たちに任せておけばいい……とキラは付け加えた。
「それはそれで少し悔しいけどな」
 最後まで自分たちが何とかしたかった……とカガリが言い返してくる。もちろん、口には出さないがキラも同じ思いだったと言っていい。
「……あの船、どこのものかな?」
 そんな二人の耳にカズイのこんなセリフが届く。その声にあたらめてキラが視線を外に向ければ、自分たちの船と併走している宇宙船が見える。
「プラントのものだな。俺たちを迎えに来たんだと思うぜ」
 その問いかけに答えたのはディアッカだった。
「そうなんだ。何かめっちゃ格好良くないか?」
「あ、俺もその意見に賛成。いいなぁ……俺もあれに乗ってみたい」
 カズイの言葉にトールがうらやましそうにこういう。
「トールったら」
 くすくすとミリアリアが笑いながら、トールを戒めている。
「だって、そう思わないか? キラが関わったこの船もすごいじゃないか。だったら、コーディネーターだけで造られた船の性能ってどれだけすごいのかって思うじゃん」
 トールが身振りを交えながらさらに言葉を口にした。
「残念だが、キラが作ったシステムほどすごくはないぞ。だが、その他の点ではそれなりのものだと自負している。そうだな……お前らがプラントに来たら乗せてやるよ」
 それにイザークがかすかな笑みとともに言葉を口にする。
「あぁ、それいいですね。落ち着いたら僕が皆さんを招待させて頂きましょうか? もちろん、キラさん達もご一緒に」
 ニコルのセリフに、トール達ナチュラルが驚いたような表情を作った。だがコーディネーター達はいい考えだというように頷きあっている。
「それなら、俺も協力しよう」
 アスランが即座にこう言えば。
「私もお父様にお願いいたしますわ」
 にっこりと微笑んだラクスが頷いて見せた。
「もちろんいらしてくださいますわよね、ミリィ?」
「その時はお邪魔させて頂くわ」
 思い切り仲良くなった二人は顔を見合わせて微笑み合っている。
「カガリも混ざってくれば?」
 それを見ていたキラがぼそりっとこう呟く。
「……いや、いい……とりあえず私の世界じゃないから……」
 そう言いながら彼女が思いきりうらやましそうに見つめていることにキラは気づいている。
「そんなの関係ないんじゃないかな?」
 ほら、遠慮しないで……とキラはカガリを彼女たちの方へと突き飛ばす。
「キラ!」
「がんばって、交流を深めてきなよ」
 それもカガリの役目の一つだろうと言えば、彼女はそれ以上文句を返せないようだった。そんな彼女を、二人が喜んで迎えている。
 目の前で繰り広げられている光景は、とても人種が違うとは思えない。
「これが日常になればいいのにね」
 そうすれば、今までのように意味のない戦いはなくなるだろう。第一、ブルーコスモス自体が消滅するに決まっているのだ。そうすれば、フレイのような境遇で育つ人はいなくなるだろう。
「そんな日が来ればいいな」
 小さくキラは呟く。
 ある意味不幸な事件が襲いかかってきたが、それが逆に彼らに仲間意識を持たせたのであれば、不幸中の幸いなのかもしれない。
 そして、この絆を途切れさせないようにしなければ、とも思う。
「そのためにはどうすればいいのかな?」
 小さく呟かれた言葉に気がつく者は誰もいない。
「何が出来るかな、僕に」
 それでも、自分一人でないなら大丈夫だろう、とキラは付け加える。
「キラ、何をしているんだよ! お前も来い!」
「そうですわ、キラ様」
「みんなで次にどこで集まるか決めるんだって」
 次々とかけられた言葉に、キラは微笑みを深めた。どうやら、自分の考えは間違っていないらしいと確信できたのだ。
「今、行くよ」
 キラは微笑みを深めると言葉を返す。同時に、床を蹴って彼らの側へと移動をした。

 ゆっくりと、子供達の世代でお互いの種族に対する意識が変化していった。
 もちろん、それを快く思っていない者もいる。
 だが、一度動き出した流れを止めることは難しい――まして、本人達が望んでいるのであれば……――
 いつの日か、何のこだわりもなく普通に笑いあえる世界が欲しいと……







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最遊釈厄伝