Runners
26
ラミアス達の存在にあちらも警戒をしているのだろうか。
一定の距離を置いて着いてきているだけだ。
「……あちらがダミーでなければいいのだが……」
相手の位置を確認していたクルーゼが小さな声で呟く。
「そう、ですね……」
センサーで周囲の様子を確認していたキラもその言葉に頷いた。
「ですが、今のところはそれらしい熱源は認められません。不審な浮遊物もないようですが」
警戒だけは怠らない方がいいでしょうね……と付け加えれば、クルーゼが満足そうな微笑みを浮かべる。
「カガリ嬢には悪いが、君の方がこの手のことに順応が高いような気がするよ。もっとも、君にとっては不本意だろうが」
「……と言うより、単に、どうすればみんなの安全を守れるか……と考えているだけなんですけどね。たぶん、実際に戦闘になったら何も出来ないと思います」
他人の苦痛を感じてしまえば、自分もパニックに陥るかもしれない……とキラは言外に口にする。
「まぁ、彼らも同じようなものだろう……君と違って、戦闘をゲームと同等に考えているように思えるし」
実際に体験したことがない以上、仕方がないことなのだろうがね、と付け加える彼に、キラはふっと小首をかしげた。
「……ここ20年ばかり大きな戦闘はありませんよね……」
連邦軍にしても、こんな所に立ち会い役としてくるとか何かといった仕事の方が多いはずだが、とキラは思ったままのセリフを口にする。
「そうだね。まぁ、それでも、小さな衝突はあれこれあった……と言うことだよ」
それ以上の問いかけを彼は望んでいない。その事実を感じ取って、キラはそこで話題を終えることにする。
「オンラインゲームなら、誰も傷つかないですむんですけどね」
それはそれでいいこととは思えないが、とキラは呟く。だからこそ、最近男性陣――例外としてカガリがいるが、彼女の場合は別の理由からではないかとキラは思っている――の中で『戦う』ことを心待ちにしている者がいるのだろう。
「……家の子供達の方が積極的だからね。困ったものだ」
それだけ鬱憤がたまっていたのかもしれない、とクルーゼが付け加える。
「それも、あの方々と合流できれば……全て解決するでしょうね」
少なくとも、こんな風にかなり無理な状況でのブリッジ勤務は……とキラは思う。
「かなり疲れがたまっているようですし、みんな」
そう言いながら、キラは斜め後ろにあるシートへと視線を向ける。そこには本来であれば通信関係のチェックを行っていなければならないカズイと、動力関係のそれをしているはずのニコルが枕を並べて眠りこけていた。
「……これもまた困ったものだな」
まぁ、今のところ何もないからいいが……とクルーゼがため息をつく。
「起こした方がいいでしょうか」
キラが苦笑混じりに問いかけた。
「……かまわないでおこう。どうせ、もうじきアスランが戻ってくるはずだ。彼なら、無条件でたたき起こすだろう」
余計な労力は使わないに越したことはない、と言う彼に、キラはますます苦笑を深める。
「クルーゼさんも、意外と手抜きをなさるんですね。それはフラガ少佐の専売特許かと思っていました」
それとも、そうでないとこういう緊張状態が続いたときに体力が持たないのだろうか……とキラは小さな声で呟いた。
「今は、ね。緊張ばかりではいざというときに何も出来なくなってしまうよ」
だから、君も少し肩から力を抜きなさい……と言われて、キラは困ったような表情を作る。
「気をつけたいとは思うのですけど」
「君の場合は性格的なものか。育ってきた環境からすれば仕方がないのだろうが……」
フラガと足してで割ると丁度いいかもしれない、と口に出されて、キラがますます困惑の表情を作ったのだった。
そんな、どこかのんびりとした空気も、それほど長くは続かなかった。
いや、彼らが自ら長く続けなかったと言うべきか。
「あぁ、そうだ……悪いが体調を崩している者も多いから、医薬品と……そうだな、医師もこちらに一度寄越してくれるとありがたい。さすがに俺たちも限界だし」
もちろん、これは嘘だ。
多少疲れが見える者――もちろん、キラだ――がいるが、こんな状況下において体調はすこぶるいいと言っていい。フラガ達の指示が良かったことと、ミリアリアとラクスの二人がそれに関して詳細に気を配っていたからだ。
『わかったわ。そのように手配をします。本部からの指示では、あなた方に最大限の援助を与えるように……と言うことでしたもの』
モニターの中でラミアスが言葉を返す。
それは事前に打ち合わせた言葉ではない。さすがに回線越しでは、キラにしても相手の感情を読みとることは不可能だった。それでも彼女の表情から判断して嘘だとも思えない、とキラが考える。
「そりゃ、ありがたいな……で、合流までにどれだけ時間がかかる?」
フラガがしれっとした口調で彼女に問いかけた。
『そうね……ちょっと待ってくれる?』
この言葉とともに、彼女は脇へと視線を流す。どうやら副官か誰かに問いかけているらしい。もちろん、それも演技であろう。即答をすれば相手にこれが罠だと気づかれてしまうおそれがあるのだ。
『おそらく、後12時間ほどですね。それまでなら大丈夫ですか』
そう言いながら、彼女はさりげなく指を4本立てている。これが正しい合流時間だろう。
近づいてもすぐに合流するわけではなくしばらく隠れて様子を見ることになっていた。そして、彼女が今口にした位置にはデコイが存在し、こちらに向かって進んでいるはずだ。それで相手の目をくらますことが出来ればいいが……とキラは思う。
「そのくらいなら、何とかなるはずだ」
なぁ、とフラガに声をかけられて、キラは反射的に首を縦に振る。
「だそうだ。この子が一番がんばっているから、この子が大丈夫なら他の連中も大丈夫だろうよ」
フラガが笑いながら言葉を口にすれば、ラミアスも微笑みを返した。
『では、そのようにしましょう。何かあったら連絡を。出来るだけ善処しますから』
この言葉とともに通信が終了される。その瞬間、キラは思わずため息をついてしまった。
「どうした、坊主。疲れているのか?」
少し休んでくるか、と付け加えられて、キラは首を横に振る。
「……と言うより、上手く引っかかってくれるかどうかの方が心配で……」
これで引っかかってくれなければ、今までしてきたあれこれが無駄になるな、とか、また同じようなことを企画したとき、妨害が入るだろうな……とキラはあれこれマイナスなことを考えてしまった。
「大丈夫だろう。今回ほど、連中にとっておいしい人員が集まる可能性は今後ないからな」
連中にしてみても、こうかを考えれば今回を見逃すわけはない、とフラガは付け加える。
「……ならいいのですが……それはそれで問題ですよね」
「そうだな」
到着の時間まで船内に相手を入れずにすむか。
もし侵入されてしまった場合は……
心配事はたくさんある……というのが事実だ。それでも、今後のことを考えれば踏み切らないわけに行かなかったこともまた事実で。
「とりあえず、全員、ブリッジに集合だな。女の子達には食料とコーヒーを用意してもらえるように頼んであるし……何とかなるさ」
何とかするのが俺の役目だし……と付け加えるフラガに、キラは淡い微笑みを浮かべる。
「では、みんなに集合をかけますね」
キラがこう言葉を返せば、よくできました、と言うようにフラガが頭を撫でてきた。