Runners
25
『お久しぶりね、ムウ・ラ・フラガ少佐。ご無事で何より……と言うところかしら?』
モニターの中で、その人物は微笑む。その表情はとても『軍人』とは思えない、とキラは心の中で呟く。どうやら、カガリも同意見らしい。
「いや、ここで会えて助かったよ、マリュー・ラミアス少佐。さっきの通信通りかなり厄介な状況でな。こちらとしては真っ当に船を動かせるのは俺とムウと、この坊やだけ……だったりするんだよ」
しかも、それ以外にも厄介事が……と笑うフラガに、モニターの中の女性が顔をしかめる。それでも不快感を感じさせないのは、彼女が身にまとっている雰囲気のせいなのだろうか。
『あなたがそうおっしゃるとは、よほどのことらしいけど……』
「残念だけど、な……これ以上は、通信じゃまずい」
盗み聞きされている可能性がある、とフラガが手振りで伝えるのがわかった。それに気づいた瞬間、彼女もかすかに眉を寄せている。
『と言っても、合流できるまでに二日はかかるわよ?』
そう言いながら、何か仕草で彼女は指示を出していた。それに、ブリッジ内の誰かが反応を返してくる。すぐに、モニターに何やら走り書きされたメモが映し出される。それに書いてあるのは通信の周波数らしい、と内容に視線を走らせてキラは判断をする。
どうするべきか、と判断を仰ぐようにキラはフラガへを仰ぎ見た。
それに彼は頷き返す。
「仕方がないな。その時にさ、必要物資を少しわけてくれるとありがたい。今からデーターを送るから」
こう言いながら、フラガはキラの方を叩く。
『かまわないわよ』
じゃ、受信できるようにするわ……とラミアスの言う言葉を合図にしてキラは通信回線の周波数を変更する。
「ついでに、嬢ちゃん……あいつも呼び出してくれ。寝ててもかまわないからさ」
そんなキラの背後でフラガはカガリにこう声をかけていた。
「マリューとこれからのことを相談しなけりゃならないからな。あいつが話を聞いていないとごねると面倒だ」
フラガのこの説明にカガリは納得をして、動き出す。だが、すぐに何かを気づいたかのように首をかしげた。
「……カガリ……それについて少佐にお聞きするのは後にしようよ」
いくらでも時間があるんだから、とキラはカガリに声をかける。
「そうだな。事が終わってからじっくりと追及させて貰おう。それに、こんな事、私だけが聞いたと知られたら、ミリアリア達が騒ぐだろうし」
追求は一緒にした方がいいな、と付け加える彼女に、フラガは苦笑を浮かべた。
「お手柔らかに頼むよ」
そして、彼がこう口にした瞬間だった。
『何をお手柔らかにして欲しいわけ?』
変更した周波数を使って、ラミアスがこう問いかけてくる。
「お嬢ちゃん達の追及の話だよ……こういう事に関しての女性の好奇心は、年齢に関係ないからなっていう話」
まぁ、相談したいこととは関係ないけどさ……とフラガは苦笑を彼女に向けた。
『……わかったわ。それについてはお聞きしないでおきます。では、ご相談の方をお聞きさせて頂きますか?』
「ちょっと長い話になるぞ」
そんな彼女に向かって言葉を返すと、フラガは表情を引き締める。そして、彼女に向かって説明の言葉をつづりはじめた。
『……なかなか、厄介な状況……というのは言葉通りね』
フラガの話――それだけで足りない部分に関しては、キラや駆けつけたクルーゼがフォローをくわえたが――を聞き終えたラミアスが、何かを考え込むかのように顔をしかめている。
『でも、不幸中の幸い……とでも言うのかしら。私たちの今の任務が、それに関することなのよ』
協力することはやぶさかでない、とラミアスが告げてきた。
「なるほどな。ならば……こちらとしてはありがたい。子供達に戦わせたくない……と思っていたのでね」
彼らが軍人かそれに類するものであればこのようなことは言わないが……とクルーゼは口にする。
「それは賛成だ。本当ならここにいる二人にもシャットアウトしたいくらいだが……」
「そんなことは認められない。キラはともかく、私はオーブの代表としてきているのだからな」
必要だと思ったことは参加させて貰う、とカガリは二人を睨み付けた。
「一応、私は軍事訓練も受けている」
きっぱりと言い切る彼女に、二人が苦笑を浮かべたことにキラは気づく。もちろん、その理由もわかっていた。
「……そちらの艦と合流した場合、相手が警戒をして寄ってこない可能性がありますね……かといって、今の距離を保つのは万が一の時に不安ですし……」
話題を変えることでカガリ達の意識を別の方向へ向けようとキラは言葉を口にする。
『そうね。せめて、5時間以内でそちらと合流できるようにしたいけど……』
現状では相手に気づかれてしまうだろうとラミアスも頷く。
「……デコイは使っても意味がないか」
逃げるのであればともかく、相手をおびき寄せるのには……とフラガも話に加わってくる。
「いっそ、もう一隻いてくれりゃな……こちらで陽動をかけてって言う方法もないわけじゃないんだろうが」
そこまで都合良く行くわけないよな……とため息をつくフラガに、
「仕方があるまい。あちらと連絡を取れただけでもマシだ、と思い直すしかないだろうな」
とクルーゼが視線を向けた。
「あるいは……合流直前に向こうが襲ってくるように仕向けるか、だ……」
その言葉に、全員の視線がクルーゼへと集まる。
「わざと自分たちに隙を作って相手をおびき寄せる。ある意味、危険だが……効果的だろう」
違うか……と言われて、軍人組は何かを考え込むような表情を作った。
「……ようは、船内に侵入されなければいいわけですよね、その場合」
そんなクルーゼにキラが問いかける。
「そう言うことになるが……何か?」
「物理的に攻撃された場合、僕ではどうしようもありませんが……ハッキング等の電脳戦ならいくらでも方法があります。アスラン達にも手伝ってもらえれば、おそらく何重も防御機構を作れるでしょうし」
ドミノ式に連鎖反応を起こすように仕組んで、最後は相手にウィルスをまき散らすようにすれば時間が稼げるだろうか、とキラは口にした。
「……実は坊主、思い切り煮詰まっていたのか?」
そんなことをする方はよくてもされる方はたまらないだろう。まして、そんなこととなれば全員張り切るのは目に見えている。
『でも、それなら有効でしょう? 少なくとも、誰かは助け出さなければらない……というのであれば、致命傷は与えるわけにはいかないはずだわ』
ラミアスもまた、キラ達の考えに同意を示し始める。
「って事は、タイミングを見計らって、またそちらに通信を入れると。問題はそのタイミングだけだな」
坊主達のがんばり次第か……と口にするフラガに、キラはふっと視線をそらす。
「以前、ゲームのために作ったその手のプログラムがありますから、それを応用して貰えば早いのではないかと」
いったい何のゲームだ……とその場にいた全員が思う。だが、それを問いかけられる者は誰もいない。
「じゃ、そう言うことで決まりだな」
それよりも、優先すべきことを優先しよう。フラガの言葉が全員の心情を代弁していた。