Runners
18
落ち着いたところで、キラはフラガとクルーゼに会いたいと口にした。
「キラ……」
「あの時のフレイは嘘は言っていなかった……だから、きっと何かがあるんだ」
いさめようとしたカガリを制してキラはきっぱりと言い切る。
「みんなの身の安全を確保するのも僕たちの役目だろう? 本当はフレイにあれこれ聞ければいいんだけど……きっと彼女が拒むだろうから……」
拒むと言うよりは、追いつめられたと感じるかもしれない……とキラは思う。それで、ただでさえ不安定になっている彼女の精神が、そうすることで完全にバランスを崩せば、みんなが悲しむ、と。
だから、彼女の言葉について確認することは出来ない。
だが、彼女が偽りを言っていたとは思えないわけで……
「あらゆる可能性を考えておかないといけないだろう?」
キラはそう言うと微笑む。そこの言葉にさすがのカガリも文句を言うことが出来なかった。確かに、それが自分たちの役目だと判断したのだろう。渋々といった様子で頷いてくる。
「だが、お前が自分で歩いて行くのは認められないぞ。まだ、傷がふさがってないんだからな」
ここで傷が開いたら後々大変なことになるだろうとカガリはキラを睨み付けながら言った。
「……でも……誰もブリッジにいないって言うのは……」
「お前……コーディネーターだって、そう簡単に傷が治るわけじゃないだろうが」
あくまでも自力で行こうとするキラに、カガリは言い聞かせると言うよりは恫喝すると言った方が正しい口調で言葉を返す。
「時間がないかもしれないんだよ?」
しかし、誰かを『守ろう』とするときのキラは一番厄介だ。何を言っても聞き入れようとしない。そして、今のキラがその状態だった。
「だけどな」
さて、どうするべきか……というような表情をカガリは作る。
一番いいのはキラを抱えて移動すると言うことだろう。だが、いくらキラが軽いとは言え、ナチュラルでなおかつ女のカガリでは難しい。こう言うとき、自分も男に生まれたかったのだ、とカガリは小さく呟く。その声はしっかりとキラに耳にも届いていた。
いや、聞こえていたのはキラの耳にだけではなかった。
「なら、連れてってやろうか」
ドアの方からこんな声が飛んでくる。視線を向ければ、キラのとは微妙に色調を変えた紫の瞳が笑っているのが見えた。
「ディアッカ?」
「さっき、お前の様子を確認できなかったんでな。時間が空いたから見に来たってわけ」
そう言いながら、ディアッカはにっと唇の端をつり上げる。
「それに、個人的に言わせてもらえばな。お前の治療データーのおかげで、俺の従妹は命を助けられたってわけ。それに感謝こそすれ、拒絶なんて言うのは出来ないって言うことだ」
だから気にするな……と言いながら歩み寄ってくる彼に、キラは安心したように微笑む。その表情のまま、彼はカガリを見つめる。
「……本当は認めたくないが……あきらめるしかないんだろうな」
でないと、一人ででも行きそうだ……と言われて、キラは苦笑を浮かべた。どうやら、カガリの指摘は図星だったらしい……とその表情からわかる。それに気がついたカガリは盛大にため息をついて見せた。
「責任感があるってことはいいことなんだろうがな」
ディアッカもため息をつきつつキラが眠っているベッドへと歩み寄ってくる。
「少しは自分を大切にすることも覚えた方がいいぞ、キラ・ヤマト」
言葉とともにディアッカがキラの髪を撫でた。
「と言うわけで、ちょっとがまんしてくれよ」
体を動かすから、痛むかもしれない……と注意をしながらディアッカはキラを軽々と抱え上げる。
「……マジで軽すぎ、お前。ニコルより軽いぞ」
かすかに眉をひそめるとディアッカはこう言った。
「でも、このくらいが調子いいんだよね、僕」
そんな彼にキラが言い返す。
「そのセリフ、人並みに食えるようになってからにしろ!」
しっかりとカガリの指摘が飛んでくる。
「そんなに食わないのか、こいつ」
「……ダイエット中の女の子並だ」
ディアッカの疑問にカガリが律儀に答えを返す。ひょっとしたら、この律儀さはこの二人に共通していることなのかもしれない。
「それって……小食なんてもんじゃないだろう……」
あきれながらも、ディアッカはキラに震動を与えないように慎重に移動を開始する。その脇を当然のような表情でカガリが付いていく。
「……今、ブリッジには誰がいるのかな?」
そんな彼らの会話が一段落したのを確認してから、キラが口を挟んでくる。
「今か? 確かニコルとトールとか言う奴だったが」
「そっか……」
なら大丈夫だろうか……とキラは小首をかしげた。ニコルはわからないが、少なくともトールなら……と心の中で付け加える。
「……何か心配事でも?」
「というか、内密にして欲しいかなって」
あははは、と笑った瞬間、傷が痛んだのだろう。キラが小さく眉を寄せる。
「だからお前は……」
そんな彼の耳に、カガリの何度目になるかわからないお小言が届いた。
「動いて大丈夫なのか?」
ブリッジに辿り着いたキラを見て、フラガが眉を寄せながら問いかけてくる。その瞳の中に無茶をすると言う思いが見え隠れしているのはキラの気のせいではなかった。
「お二人にご相談したいことがあったので……」
キラはディアッカの腕の中からこう言葉を返す。だが、この場にクルーゼの姿はない。
「あいつなら、今、あの娘の所だ。坊主が怪我したとき、妙なセリフを口走っていたからな。話が聞けるかどうかを確認しに行った」
この言葉を耳にした瞬間、キラの表情が変わる。彼女の精神的な不安定さを感じ取っているが故だ、というのはフラガにも伝わったらしい。
「心配するなって。本当に様子を見に行っただけだから。ミリアリア嬢ちゃんとプラントのお姫様と一緒にな」
俺よりもあっちの方がその手のことは得意だから、と告げるフラガにキラはそうなのかというような表情を作った。
「まぁ、な……先生なら納得だ」
ディアッカも大きく頷けば、いつの間にか側に来ていたニコルも首を縦に振っていた。
「なら……大丈夫、かな?」
今のフレイは崩壊一歩手前だから……とキラは小さく呟く。クルーゼがそのような配慮が出来る人間で、しかも一緒に行ったのが女の子達だというのであれば……とキラは心の中で付け加える。
「それよりも、どうしたんだよ。まだ、怪我治ってないんだろう?」
そっちの方が心配だ、と口にしたのはトールだった。
「私もそう言ったんだがな。キラが聞き分けてくれなかったんだよ。自分で動かれるよりマシだと思ってディアッカに頼んだんだが……」
やっぱり、止めればよかったか……とカガリもため息をつく。
「ともかく、シートへ座らせとけ。フラットにしておけばかなり楽だろう」
フラガの言葉に、一同は動き出す。低重力に設定されている以上、体勢は関係ないのではないかと思わないわけではないが、やはり患部を圧迫するような姿勢は良くないだろうと判断したのだ。
ディアッカが細心の注意を払いながらキラをシートの上に下ろす。その瞬間、キラの唇から安堵のため息がこぼれ落ちたのを誰も見逃さなかった。
キラに気づかれないように一同は視線を交わしあう。そして、少しでも早くキラを医療室のベッドへ押し込むことを確認した。
「で? 俺たちに相談って言うのは何なんだ? あいつは戻ってくるのに少々時間はかかるが、俺一人でもかまわないだろう?」
話だけを聞いて、後から相談をしておくから……とフラガはキラに呼びかける。
「……本当は、お二人だけにお話ししたかったんですけど……」
言葉を口にしながら、キラはディアッカとニコル、トールへと視線を移動させた。
「いいって言われるまで、誰にも言わなきゃいいんだろう?」
「心配するなって。その程度の分別はある」
「信用しろって」
三人が口々に言葉を口に出す。その言葉に嘘を感じられなかったのか、キラは小さく頷く。
「……万が一の時を考えて、この船にも武器があるのですが……その封印を解くべきかどうか、フラガ少佐達の判断をお聞きしたかったのです」
自分でなければ、その封印は解けないから……とキラは付け加える。
「あるのか、武器が!」
キラの言葉を耳にした瞬間、フラガの瞳が輝いたのはその場にいたものたちの気のせいではないであろう。
「えぇ……さすがに戦艦並とはいきませんが……」
最低限の武装は、と告げるキラの瞳はそれに反して暗いものだった。