Runners
16
「お前! キラに何をするんだ!」
カガリがフレイの手からレーザーガンをたたき落としながら叫ぶ。
「……嘘……何で、血が出るのよ……」
だが、フレイは別のことに意識を取られていてその事実に気づいていないようだった。咄嗟にそんなことを判断してしまう自分に、アスランは嫌気がする。
「キラ!」
倒れたときの衝撃で傷つけたのだろうか。キラは手の甲から血を流している。だが、それよりも重傷なのは、やはりレーザーがかすめた脇腹だろう。
「……ア、スラン……」
アスランの声にキラがうっすらと瞳を開きながら彼の名を口にした。
「今、医務室に連れて行ってやるから……」
止血をするにも、そのための道具がない。何故それを用意しておかなかったのか、と自分に怒りを感じながらも、アスランはこう口にする。
「彼女、は?」
だが、キラの口から出たのはフレイを案ずるようなセリフだった。
「……大丈夫だ。彼女のことは気にするな……」
どこまでお人好しなんだ、キラは……と怒鳴りつけたくなるのを我慢して、アスランはそうっとキラを抱き上げる。同時に、いくら無重力とは言えその体の細さにあきれてしまう。
「キラを医務室に連れて行く。そっちは任せてもかまわないな?」
ともかく、早く……と思いながらアスランはカガリに確認を取る。
「わかっている。ともかく、どこかに押し込めとくしかないけどな」
落ち着かせるまでは何を言っても無駄だろうと彼女は付け加えた。
「それよりもキラを! あぁ、体質上使えない薬が……」
「わかっている。心配するな!」
幼なじみのせいで、キラの特異体質については知っている……とアスランは言外に告げると床を蹴った。
「……ごめん、アスラン……」
腕の中で痛みを耐えつつ、それでもキラはこう言う。
「馬鹿! まずは自分のことを考えろ!」
そのキラを怒鳴りつけると、アスランはそのまま移動の速度を上げた。少しでも早くキラを医務室へ連れて行きたかったのだ。
同時に、彼は心の中でフレイの言葉の意味を考えていた。
どうして彼女は『キラ』を化け物と言ったのか。
自分も含めた『コーディネーター』全般ならそれも理解できる。しかし、キラ個人をそう言う理由がわからない。
確かに、キラの能力は第二世代である自分たちと比べても高いとしか言いようがないものではあるが……
それとも、そう感じさせるキラの能力が人為的に作られたものなのだろうか。
あるいは……
考えても埒があかないことはアスランにもわかっていた。
そして、答えを知っているであろう人間は――例え相手が自分であっても――そう簡単に教えてくれるわけがないことも。
だが、フレイの様子では遅かれ早かればれるだろう。
「……キラがこれ以上傷つかないといいんだけど……」
ただでさえ、毎日に自分をすり減らしているのに……とアスランは小さくため息をつく。
しかし、本人はそう思っていないのだろう。
腕の中できつく目を閉じ、痛みを耐えている彼にそれを言っても詮無いことだ。それよりも早く治療を受けさせたい。
「アスラン! キラ様!」
「ラクス、頼む」
キラを診てやってくれ、とアスランが言わなくても彼女には伝わったようだ。
「わかっております。既に治療装置の準備は出来ておりますわ」
それとも、ブリッジかどこからか連絡が来たのかもしれない。彼女たちは準備を整えて自分たちを迎えに来たようだ。
落ち着いた様子で二人を医療室へ招き入れると、普段の様子が信じられないくらいてきぱきと指示を出す。
「……キラ……」
鎮痛剤を与えられ、ようやく痛みから解放されたらしいキラの表情にアスランはようやくため息をついた。
「……お前……自分が何をしたのか、わかっているのか!」
怒りを押し殺している、とわかる口調でカガリがフレイに詰め寄っている。
いや、怒りを堪えているのは彼女だけではない。
アスラン達コーディネーターはもちろん、フレイの友人達であるナチュラルですら彼女の行動に怒りを隠せないようだ。
「だから、化け物を消そうとしただけじゃない。何が悪いのよ」
だが、フレイは平然と言い返す。
「パパが言っていたわ。あいつは化け物だって……人じゃないなら殺してもかまわないじゃない」
次の瞬間、耐えきれなくなったのだろう。カガリが彼女の頬を叩いていた。
「キラの体のことを言っているなら、元はと言えばお前らのせいじゃないか! お前らブルーコスモスが、母様を殺し、あいつをあんなにしたんだ!」
そしてこう叫ぶ。
激情のまま、もう一度彼女を殴りつけようと振り上げたカガリの腕を、クルーゼが押さえた。
「……落ち着いてくれないかな……とりあえず順序立てて説明をしていただこう。でないと、彼らの間にキラ君へ対する不審が広がるぞ」
その言葉に、カガリはしまった……という表情を作る。だが、一度口に出してしまった言葉はなかったことに出来ない、と言うことも彼女はよく知っていた。
「……あいつは……キラは、私の従兄弟なんかじゃない。双子の兄弟だ。そして、私たちの母親は、コーディネーターの父親とナチュラルの母親との間に生まれた人だった……」
その瞬間、クルーゼの顔に珍しくも動揺が走る。
「そうか……君たちはジョージ・グレンの……」
呟かれた言葉に、アスラン達もまた信じられないと言うように視線を向けた。
「キラは……生まれる前から遺伝子上の欠損がわかっていた。だから、お祖父様の希望もあってあいつはコーディネイトされたんだ……それだけなら普通に兄弟として育つことが出来たんだ、私たちは。あの日、お祖父様が殺されたあの日、キラはあそこにいたんだ。そして、ブルーコスモスの連中は、あそこでコーディネーターの遺伝子にだけ作用するガスを使ったんだ……だから、だからキラは、私と引き離されて月に行かなきゃなかったんだ! 治療のために!」
月は雑菌が少ないし、プラントから来ていた医師も多くいたから……とカガリは吐き出す。
言われて、アスランは思い出した。あのころのキラは、よく薬らしきものを飲んでいた。他にも、病院へ行くと言って自分の誘いを断ることも多かったはず。その理由がこれだとするのなら、カガリの怒りも理解できると思う。と言うより、自分も同じ思いだと言った方が正しいのか。
「そのせいで、あいつの神経系統が並のコーディネーターとは違ったものになったからと言って、それはアイツの責任なのか!」
あいつには生きる権利すら与えられなかったのか、とカガリはフレイを睨み付ける。
「それが……私に何の関係があるって……」
「大ありだ! それを指示したメンバーの一人が、ジョージ・アルスターだからな」
その言葉に、フレイの表情が初めて変わる。
「う、そよ……パパがそんなこと……」
「するはずがないか? 残念だが、証拠がある。今のところ、あれ以上は表だってなにもしていないからな。こちらも使わないだけだ。だが、これ以上キラに何かしてみろ」
遠慮はしない……とカガリは告げた。これがオーブ本国の意思でもあると。
「……キラ君の神経系の差違とは?」
聞いてもかまわないか、とクルーゼが問いかける。
「あいつは……エンパスだ……」
一種の能力者だと告げられて、周囲のざわめきが大きくなった。
「人の心が読めるとか?」
「それはテレパスだ……研究者達の説明だと、テレパスは、他人がたばこが吸いたいと考えていることがわかるが、エンパスは一緒にたばこが吸いたいとのたうち回るんだそうだ……」
この説明は、その場にいた全員にキラの能力をはっきりとイメージさせる。
「……それって……めっちゃしんどくないか?」
自分たちだけならともかく、大勢の中にいれば……とトールが呟く。
「もっとも、あいつのはそこまで強くない。せいぜい、怒っているとか喜んでいるという強い感情がわかるだけだ」
ある程度洞察力があれば能力者でなくてもわかるくらいの力しか持っていない、とカガリは告げる。
「それでも……あいつはそのせいであれこれ望まない実験に付き合わされたんだ……だから……」
「わかっている。少なくとも、その程度でキラを嫌いになれるような関係じゃないしな、俺は」
だから心配するな、とアスランが笑いかけた。
「私もですわ。キラ様はキラ様ですもの」
「確かに……それもあいつなんだし」
「そのせいで他人に気を遣っているなんて……本当にキラらしいって言うのかしらね」
次々と彼の友人達が言葉を口に始める。そう言ってくれる友人がいるという事実に、カガリはほんの少しだけうらやましそうな表情を作った。