Runners
13
ミリアリア達の苦肉の策……というわけではないのだろう。だが、キラが食堂に現れないときは、誰かが彼に食事を届けるようになったのはそれからすぐのことだった。
「……本当はちゃんと食堂に行って食事をして、休憩を取って欲しいんだけどな」
そう言いながらキラにとっては今日の昼食にあたる食事を手渡したのはトールだった。
「わかってはいるんだけどね」
それにキラは苦笑を返す。
「少しでも人手をかけないで船を動かしたいと思うとね」
しなきゃないことがたくさんあるのだ、と告げれば、
「それはわかっているんだけどさ。やっぱなぁ……心配なんだって」
とトールがため息をつく。
「でも、この船って、お前一人でも動かせるって言ってなかったっけ?」
ふっと思い出したというようにこう問いかけてくるトールに、キラは物覚えがいいな、などと思ってしまう。
「動かすだけならね。みんなの安全まで保証するとなると、さすがに、ね」
それでも律儀に説明をしてしまうのは、やはり身に付いた教師としての意識なのだろうか。
「あぁ、そうなんだ……んじゃ、仕方がないのか」
やっぱり、キラにだけ負担をかけているような気がする……とため息をつくトールに、キラは微笑みを向ける。
「大丈夫だよ。みんな船内の作業に慣れてきてくれたから、かなり負担は減っているし」
ちゃんと休んでいるから、と口にした。しかし、それを納得できないという表情をトールは作っている。
「キラは無理をしていてもしていないって言うからなぁ……」
「そうなんですか?」
どうやらトールを呼びに来たのか――それとも別の用事があったのだろうか――歩み寄ってきていたニコルが口を挟んでくる。
「そうなんだよ。だから、アスランも口を酸っぱくしてこいつに『休め』って言っているわけ」
長年の友人に対するようにトールは気軽にニコルへと言葉を返した。
「……それで、皆さんだけではなくアスランもラクスさんもキラさんを休ませろって騒ぐわけなんですね」
納得しました、と微笑むニコルが、何故か怖く感じられたのはキラの気のせいだろうか。
「そう言うこと。と言っても、キラに頼らないといけないことが多いって言うのもまた事実なんだよな」
本当、矛盾しているよな、とトールが告げれば、
「僕たちがもっとお手伝いできればいいのですけど……」
本当にすまなそうな表情を作ってニコルがキラを見つめてくる。
「気にしなくていいって」
ね、とキラは二人を諭すように呼びかけた。同時に、これ以上何も言われないようにと、持ってくてもらった食事に手を伸ばす。
「……悪い。食事の邪魔してたな。冷めてないか?」
キラにしっかりと食べさせるように、とミリアリアから厳命されていたのだろうか。そのキラの行動に本気でまずいという表情を作っている。
「大丈夫だよ。ミリィは冷めてもおいしいメニューで作ってくれているから……かえって気を遣わせちゃってるよね」
一口飲み込んだところで、キラが言葉を口にした。
「キラの苦労に比べれば、楽なものだ……って言ってたぞ」
そう思うなら、食堂に行けよ、と付け加えられて、キラは思わず苦笑を浮かべる。
「時間が合えば、ね」
さすがにクルーゼとフラガ、二人ともブリッジにいないときは無理だ……とキラは言い返す。
「そう言えば、今はキラさんお一人ですね」
珍しい……とニコルが口にしながらブリッジの中を見回した。
「何かあったのか?」
なぁなぁ、と呟きながら、トールがキラの顔を覗き込んでくる。それに、キラは危なく口の中の食べ物をのどに詰まらせそうになってしまう。慌てて飲み物に手を伸ばして、事なきを得たが……
「……ご飯食べてからにしてくれるかな?」
それでも、キラはこう言い返してしまう。それはもっともな主張だろうし、二人にしてもキラがこれ以上やせてはまずいと思っているらしい。即座に頷いて見せた。
だが、実際の所は単に考えをまとめるための時間を、キラが必要としていた……というのが本当のところだ。
本当に厄介なことになった……とキラは口の中のモノを租借しながら心で呟く。
食事の方はありがたいというのは間違いないが、もう少し量を減らしてほしかったかも……と付け加えながら、今度はパンケーキへと手を伸ばす。その時、皿の下に折りたたまれたメモを見つけた。
「トール……」
そのメモに手を伸ばしながら、キラは彼の名を口にする。
「何? もう腹一杯なのか?」
だが、トールはキラの呼びかけを別の意味として受け止めたらしい。即座にこう言い返してくる。
「違うよ。これ、誰からかなって思っただけだって」
キラはそんなに食事に関して自分の信用がないのか……と思いつつ、メモを指に挟んで二人に見せた。
「少なくとも俺じゃねぇぞ」
「……僕でもないです……」
二人は即座に首を横に振る。
「と言うことはミリィかカガリか、ラクスさんかな?」
他に乗せられる機会があるのは食堂にいるメンバーだろう。そう判断をしてキラはメモを開いた。そしてそのまま視線を中へと落とす。
「……えっ?」
その中に書かれてあった内容に、キラは思わず目を丸くした。
「どうした?」
反対側から覗き込んだトールも即座に複雑な表情を作る。
「……ともかく、サイを呼び出した方が良さそうだな……内緒で」
その口調で何か厄介事がおきそうだと判断したのだろう。
「アスランも呼びますね」
ニコルがこういうと同時に、エレベーターの方へと駆け出していく。
「二人とも!」
「いいから、絶対一人で動くな。お前に何かあったら大事だろう? それに、さっさと空にしないと、カガリさんあたりが聞きつけて駆けつけてくるぞ」
キラの言葉をトールが苦笑で遮った。
「……何でこう……」
いろいろと有るんだろう……とキラはため息をつく。
それでも、カガリに怒られるのは怖い。
仕方がなく食事を再開したのだった。