Runners
9
ブリッジはとりあえず三交代。
出来るだけ、ナチュラルとコーディネーターが組み合わされるように……と考えられた組み合わせは、それなりに満足できるものだと言ってよかっただろうか。もっとも、多少の偏りがあったのは否めないが。
「……今のところは平和かな……」
交代制と言いつつも、キラとフラガ、クルーゼは出来るだけブリッジにいるようにしていたのは事実だ。
「非常事態だからな……さすがにオコサマ達も下手な衝突なんてしていられないんだろうよ」
そう言いながら、フラガはクルーゼに何かを問いかけているイザークを見つめる。こう言うときでも彼が話しかけるのはクルーゼかキラで、フラガにはよほどのことがないと声をかけてこない。
逆に、カズイとサイは、キラかフラガに声をかけることが多かった。もっとも、それは話しやすいから……という理由からだろうとキラは思っている。
「えぇ」
そう答えるたものの、火種がないとは考えていないキラだった。
「……お嬢ちゃんだけか。とりあえず要注意なのは……」
どうやら、フラガも同じ考えだったらしい。周囲をはばかるような声でこう問いかけてきた。
「えぇ……少佐もそう感じていらっしゃるのなら、僕の杞憂……というわけじゃなさそうですね」
「実は、あいつもそう考えているようなんでな」
苦笑を浮かべつつフラガが指さしたのはクルーゼだった。
「クルーゼさんも?」
「あぁ……俺一人なら気のせいとも言えるんだが、アイツも同じ意見というのはな。要注意ってことだ」
滅多に意見が合わないんだから、と付け加えるフラガの言葉に、キラは小首をかしげる。珍しく年相応の表情を作った彼に、フラガが笑いかけた。
「坊主が両方に顔見知りがいる……という理由で選ばれたのと同じだ。俺とあいつにも個人的に関係があるって言うわけ」
まぁ、それ以上はオフレコな……と付け加える彼に、キラは頷く。誰にでも知られなくない事柄があるのだとキラもよく知っているのだ。
「……これが、怪我の功名になってくれればいいんですけどね……」
少なくとも、お互いの存在を否定したがるような態度は薄れてきているようにキラには思える。
女の子達――と言っても、フレイを除いての話だが――には誰もが気軽に声をかけているのだ。そのせいだろうか。自動調理器が直っても、彼女らが一緒に料理をしているシーンがよく見られるのは。
そして、食を握っている彼女らには誰もが気軽に声をかけている。
「そうだな……それに関しては坊主にもがんばって貰わないといけないが……こちらの連中が比較的なじみやすかったのは、坊主のおかげのようだしな」
自分たちと違い、キラは他の者たちと同じ年代だ。
そして、彼らの――正確に言えばナチュラル側に――大半と顔見知りだ……と言うことも自分たちとは違って安心感を与えているのだろう。そして、そのキラが二つの種族の間で潤滑剤の役を果たしてくれていたからこそ、ナチュラル達にはコーディネーターに対する嫌悪がないのだ……とフラガは口にする。
「家の子供達も、君には信頼を置いているようだよ」
イザークとの話を終えたのだろう。クルーゼが二人の元へと歩み寄ってきた。
「君はどちらにも平等に接してくれているからね」
これが顔見知りの面々だけ特別扱いをしていれば、いくらキラがコーディネーターだからと言って、イザーク達は反感を抱いてしまっただろう、とクルーゼは言外に付け加える。
「そう言うわけだから、君に倒れられると困るのだが……」
苦笑とともに告げられた言葉に、キラは意味がわからない……という表情を作った。
「お前、ろくに食事を取っていないそうじゃないか。連れてきてくれと女性陣に言われたぞ!」
そんなキラに答えを示したのは意外なことにイザークだった。
「あ、あの……イザークさん?」
強引にシートから自分を引きずり出す彼に、キラは困惑を隠せないという表情を作る。
「イザークでいいと言ったろうが! 俺も今から食事だ。つきあえ!」
この言葉とともに、イザークはキラを強引にエレベーターの方へと連れていく。
「ちゃんと喰って、きちんと寝てこい!」
その背に向かってフラガがこう叫ぶ。
だが、それに言葉を返す前にキラの体はエレベーターの中へと押し込められたのだった。
「……どうして……」
ここまでしてくれるのか……とキラはイザークを見つめる。
「お前に倒れられてはいろいろと不具合が出そうだしな……第一、そんなことになったら、あいつらがきれる」
この言葉に、キラは意味がわからないと言うような視線を向けた。
「アスランだけなら、いくらでもなだめようがあるが、ナチュラルまで騒いだら俺たちじゃどうしようもないだろうが!」
あいつらはお前かあの男の言うことにしか耳を貸さない、と付け加えるイザークにキラはますます困惑の色を深める。
「そんなことはないと思うよ。みんな、ちゃんと筋道立てれば誰の言葉でも耳を貸すと思う」
けんか腰にならなければ、の話だけど……と付け加えれば、イザークがむっとした表情を作った。
「……お前は本当に……」
自分の立場を考えたことがあるのか、と囁くように呟く彼に、キラは苦笑を浮かべる。
「僕の代わりなら、本国にたくさんいるし」
みんなを無事に地球まで連れ帰ることの方が自分には重要だ、とキラは付け加えた。
「お前はお前しかいないと思うんだがな……」
イザークがため息をついたときだ。エレベーターは下のフロアへと辿り着く。
「……ともかく、食事だな……」
ここで逃げられては意味がないと判断したのだろうか。イザークはキラの二の腕を掴んだままエレベーターから降りようとする。
だが、その動きを止めた。
キラにもその理由がすぐにわかってしまう。
咄嗟にキラの指がエレベーターの扉を閉めた。
「……あそこはなんのための部屋だ?」
まだ船内の配置を完全に覚えていないのだろう。イザークが問いかけてくる。
「乗客用の……通信端末が置いてある……」
キラが困ったという表情のまま言葉を口にした。実際、あそこの端末を使わなくても誰もがブリッジのそれを使える状況なのだ、今は。
「誰にも知られないように……と言うことか……」
確かにイザークの言うとおり、あそこの端末を使う理由はそれしかないだろう。
「でも……あそこから通信をしてもログが残るし……」
第一、ブリッジからも通信が行われていることはわかる……とキラは付け加える。
「それを知っているのは?」
「……僕と少佐とクルーゼさんはログを見られる権限を持っているし……知っているだけならサイとアスランには教えたと思ったけど……」
他に誰かいたかまでは覚えていない、とキラはイザークの問いに素直に応えた。あの時は、確か、通信関連でエラーが出て慌てていたときだったのだ。
「……と言うことは、あいつは知らないってことだな?」
言われてみればそうかもしれない、とキラは思う。
「あれ以来、ブリッジに来ていないから……サイ達が教えていなければ、だけど」
彼らは仲がいいから、それなりに彼女の様子を見に行っているようだ、とキラは付け加える。
「教えてないだろう。でなければ使えないとわかっている場所に行くか?」
「あるいは、ロックを解除できるのか……だね。困ったことに、彼女に教えたことがないから、どの程度の知識を持っているのかわからないんだよね、僕」
ロック自体は普通の形式でかけられたものだから、ある一定以上の知識があれば解除することが出来る。しかし、ログを消すことまでは不可能だろう……とキラはイザークに告げた。
「……と言うことは、後で調べればわかる……と言うことだな。なら、問題はない。食事を取ってからにしよう、それは」
そう言うと、イザークはエレベーターのドアを開ける。そして、キラの腕を掴むと歩き始める。
考え事をしていたせいか、キラもそれに逆らうことなく着いていく。
先ほど、フレイが入っていった部屋の様子はドアの影になって確認することが出来なかった……