Runners
5
「えっ?」
キラの叫びに、フレイは意味がわからないと言うように振り返る。
その瞬間、彼女の指がそのスイッチに触れたのが、キラだけではなくコーディネーター達にはしっかりと見えた。
いや、コーディネーターだけではない。
フラガにもしっかりとその事実がわかってしまう。
だが、それを怒鳴りつけることも何も出来ない。
次の瞬間、彼らの体はものすごい衝撃に襲われてしまったのだ。
息もできないほどのGが彼らの体を壁へと押しつけようとする。それに逆らえるものなど、誰もいない……とまで思われたほどだ。
だが、キラはのしかかってくるGの中、無理矢理体をシートへと滑り込ませる。そして、まるでおもりをつけられたかのように感じてしまう腕を何とか動かして、いくつかのキーを操作した。
ようやくGが相殺され、全員が体の自由を取り戻す。だが、ナチュラル達はみな、あまりのことに体の方が悲鳴を上げてしまっているらしい。鍛えているフラガ以外はその場に崩れ落ちてしまう。
コーディネーター達も衝撃が抜けきれないと言うように頭を振っている。
「何が……起きたんだ?」
誰もが疑問に思っていることを口にしたのは、イザークだった。
「……キラ?」
おそらく、それを理解しているであろうただ一人の人物へ目を向けたアスランが、信じられないと言うようにキラの名を呼ぶ。
「……現在、緊急システムが作動しているせいで、この船は全速力で火星方面へと向かっている……しかも、どうやら他にもキーに触れてしまったのかな? システム自体にロックがかかっている。すぐに解除するつもりだけど……」
キラの言葉にいつもの余裕は感じられない。
システムのロックを解除するだけでもかなり難問だというのに、このスピードで小惑星や宇宙塵などと接触しないように船体のコントロールを行わなければならないのだ。いくら他人から『優秀』と認められているキラでも、難問だと言うしかない。
しかし、それをどうにかしなければ間違いなくこの船に乗っている者たちの命は消えてしまうだろう。
「……私に出来ることは?」
ようやく衝撃から抜け出したのだろう。カガリがキラのシートに手を置くようにして問いかけてきた。
「……気持ちはありがたいけど……カガリはとりあえず休んでいて。体、痛いだろう?」
しかし、キラは彼女を振り返ることなくこう言い返してくる。それだけキラに余裕がないと言うことなのだろう。
「だが、キラ一人では……無理だ……」
その時だった。
すっと先ほどまでカガリが座っていたシートに滑り込んできた人影がある。そして、キラを挟んで反対側のシートにも同じように腰を下ろす者がいた。
「船体のコントロールは、俺たちで何とかする」
「君は、システムの方に集中してくれ」
それはフラガとクルーゼだった。
自分よりも経験が深い彼らが操船を引き受けてくれるなら、キラが手を出す必要はない。
ならば、彼らの言うとおりシステムに集中した方がいいだろう。
キラはそう判断をすると、シートの下から非常用のキーボードを引っ張り出す。そして、自分のIDを認識させた。
すると、モニターに基本OSが表示される。
キラはそれをものすごい勢いで表示をスクロールさせていく。そして、ロックを解除するための必要な入力をし始めた。
「……お前、あれ、理解できるか?」
「いくら何でも無理だ……あそこまで高度な内容になると……」
自分の知識だけでは、と口にしたのは誰だろうか。聞いたことがない声だから、自分が知らないものだろうとキラは思う。思うが、それを確かめる余裕はキラにはない。
少しでも早くロックを外し、船の速度を落とさなければ……とキラはさらにキーを打ち込むスピードを上げた。
船のコントロールが彼らの手にようやく戻ったのは、それから小一時間ほどたってからのことだった。
その事実に、フラガ達はぐったりとシートに身を預けている。
だが、キラだけは疲れた表情を隠さないまま、なおも何か作業を続けている。
緊急発進をした上に、行く先が指定されていなかったために、自分たちが今どこにいるのか確認をしなければならないと判断したダメだ。
「一体、何が起こったって言うのよ!」
そんなキラの耳にフレイの憮然とした声が届く。
「……それをお前が言うのか?」
怒りと侮蔑を隠さない声がフレイに向けられる。
「ここに来る前に、ブリッジ内の物には手を触れるな、って言う注意があったはずだぜ」
「それに、あの人が貴方に『触るな』と注意をなさっていた声を、僕たちもしっかりと聞いていますが?」
次々に最初の声に賛同をしているのは、おそらくプラント側からの参加者なのだろうか、とキラは思う。
「……私が、悪いって言うの?」
フレイが憤慨したというように言い返す。その言葉に、フラガがさじを投げたいと呟くのがキラの耳にも届いた。間違いなくそれはクルーゼにも聞こえたのだろう。隣で小さく笑っている。
「お前、自分が何をしてたのか、本気で自覚していないのか!」
カガリがあきれたというように言葉を口にした。
「少なくとも、私はお前達を迎えに行ったときとここにはいるときの二回、注意したぞ。それとも、お前の耳は自分に都合がいいことしか聞こえない欠陥品なのか?」
きついセリフの内容に、キラはカガリがもう少し言い方を変えればいいのに……と思う。
だが、カガリにしてもキラの気持ちはわかっている。だが、ここでしっかりとフレイに自分の非を自覚させておかないと今後困るだろうと判断したのだ。
「少なくとも、今事故を引き起こしたのは君だね」
その後に続いた声を聞いて、キラは目を丸くする。
まさか、彼まで来ているとは思わなかった……というのがその理由だ。
「そうだな。お前が勝手にスイッチに触れなければ、俺たちはこんな目に遭わなかったというのは事実だな」
棘を含んだ声……と言うよりは、ナイフで相手を斬りつけると言った方が正しい声が、きっぱりとフレイを断罪する。
「……私が……私だけが悪いって言うの!」
それでも、フレイはまだ認めきれないと言うようにこう叫ぶ。
「みんなだって、止めてくれなかったじゃない!」
教えてくれなかったことが悪いのだ、と口にする彼女は、おそらく今までの生活の中で思い通りにならなかったことも、かばってくれる相手がいなかったという状態もなかったのだろうか。
「フレイ! 疑問に思ったことを口に出すことと、やるなと言われたことをするのは別問題だろう」
そんな彼女をいさめるのは自分の役目だと判断したのだろうか。サイが彼女に声をかける。もちろん、それはフレイが望んだセリフでないことは明白だった。
「ひどい!」
その瞳に涙をにじませると、フレイは身を翻す。
「フレイ!」
ドラマに出てくる悲劇のヒロイン、と言うようなわざとらしい仕草でフレイはそのままエレベーターへと飛び乗った。その後を、サイトミリアリアが慌てて追いかけようとする。
「放っておけ」
そんな二人を止めたのはフラガだった。
「いいのか?」
あきれたという口調で問いかけるクルーゼにフラガは頷くと、
「かまわんだろう? 少し頭を冷やさせることが必要だろうし……船内なら、センサーで居場所がわかるんじゃないのか?」
なぁ、とキラに声をかけてくる。
「えぇ……居場所だけはわかりますが……今の衝撃で船内がどうなっているかというと……」
チェックをしないとわからない、とキラは素直に口にした。そのまま、彼女の後を追いかけようかどうしようか、とキラが悩んでいると言うことが他の者たちにも伝わったらしい。
「それで怪我をするのも、自己責任だ。気にするな」
それよりも、作業を進めてくれ……とフラガは口にする。それにキラは悩みつつも頷いた。