Runners
4
ゆっくりと船体がドッキングポイントで静止する。
それを確認して、キラはほっとため息をついた。
「キラ?」
「……さすがに、ちょっと緊張したかな」
船体を揺らすわけにはいかなかったしね……とキラは苦笑を浮かべつつカガリに笑みを向ける。
「やっぱり、ちゃんと座席について貰った方がよかったんじゃないのか?」
その言葉を別の意味に受け取ったらしい。カガリがこう言い返してきた。
「慣性相殺装置はちゃんと働いていたからね……大丈夫だとはわかっていても、いつもの癖でさ」
普段キラが扱うのは、もっと小さな船だ。
それでも、キラの年齢ですれば――ナチュラル・コーディネーターの別なく――普通は扱えないクラスのものだと言っていい。それだけキラが努力をしていたのをカガリは覚えている。それもこれも、すべて、キラが自分は『特別』な存在でなければならないと知っていたからだ。
「……本当、もう少し肩の力を抜けばいいのに……」
ぼそりっとカガリは呟く。
しかし、それはキラの耳に届かなかったのか――あるいは、聞こえていても彼がムシをしたのか――言葉は返ってこない。
「カガリ」
「何だ?」
「お客さん達がブリッジへの入室の許可を求めているんだけど……迎えに行ってもらえるかな?」
カガリのIDがあれば、無条件で許可を出せるから……とキラが口にする。
「自分で行けばいいだろう?」
そんなキラにカガリがこう言い返す。
「そうしたいけど……通信が入ったら困るだろう? それとも、カガリがドッキングのナビをしてくれる?」
それなら自分が行くが、とキラは言外に告げてきた。さすがに、自分ではそこまで無理だろうと言うことはカガリにもわかる。だから、仕方がないというように首を横に振った。
「じゃ、お願いね。でも、くれぐれもケンカをしないように」
カガリは見かけと違ってけんかっ早いから……とキラは笑いながら付け加える。
「そう言うけどな……本当はお前だってかなりのものだろうが」
月の幼年学校を卒業してからだ。キラがこんな風にいつも穏やかな笑みを浮かべるようになったのは。カガリにそう指摘されて、キラは微笑みにほんの少しだけ苦い物を含める。
「そりゃ、もう僕は成人だからね」
いつまでも子供っぽいことはしていられないよ、とキラはカガリに言った。
「……違うだろう……お前は大人にならないといけなかったんだろうが……」
いくらコーディネーターとは言え、まだたった16年しか生きていないのだ。
自分と同じく、子供としての顔を見せても誰も文句は言わないだろう。
だがキラは、オーブ本国の中枢につながる血筋に生まれたからこそ、自分を大人にしなければ行けなかったのだ、と言うことをカガリは知っている。そして、そうならなければならない一番の理由は、自分だと言うことも。
「カガリ」
キラはため息とともに彼女の名を口にした。
「迎えに行ってくる。下で待っていればいいんだろう?」
最初に来た方ととりあえず案内してから、次の連中を呼びに行くから、と口にすると同時に、カガリはブリッジから通路へと続くエレベーターへと飛び込む。
「……ごめん、カガリ……」
そんな彼女の背に向かって、キラは小さく呟く。
謝罪の言葉は何のためか。
それはキラ自身にもわからなかった……
「……マジ?」
「嘘……」
ブリッジについた瞬間、彼らの口からこぼれ落ちた声を耳にして、キラは思わず口元に苦笑を浮かべてしまった。
「何か、僕がここにいるとまずいみたいだね」
そして、トール達に向かってこう言い返す。
「……そう言えば、キラはオーブの人間だったっけ……」
思い出したというように言葉を口にしたのはそのトールだった。
「みんなと顔見知りだから、いいのでは……というのが首長会議の決定だったんだけどね」
知った顔がいれば気が楽だろう、とキラに言われて、フレイ以外の4人は頷くべきかどうしようか悩んでいるようだった。
「何だ……こいつらとも知り合いだったのか」
自分の前で繰り広げられていた会話に、フラガが目を丸くしている。
「彼らが通っているカレッジで、年に何回か、特別講座を持っているんですよ、僕は。だから、顔見知りの人間が何人か来るとは知っていましたが……」
まさか、カレッジの講義を離れると『友人』と呼んで差し支えないメンバーが全員が来るとは思わなかった、とキラは穏やかな表情で口にした。
「でも、まったく知らない人より、キラが来てくれてほっとしたわ」
ね、っとミリアリアがサイやカズイに同意を求めている。
「……何? その子、コーディネーターなの?」
それまで黙っていたフレイが、いきなりこう叫ぶ。その声には嫌悪感がしっかりと表れていた。
「フレイ!」
「キラはコーディネーターだけど……オーブの人なのよ」
プラントの人たちとは違う、とミリアリアが彼女をいさめる。だが、それにキラは悲しげに目を伏せた。
「でも、コーディネーターなんでしょう?」
だがフレイはあくまでもキラに対する嫌悪感を隠そうとはしない。
「フレイ……降りるか?」
そんな彼女に向けて、必死に怒りを抑えているらしいとわかるフラガの声がかけられた。
「……少佐……」
「さっきの言葉はあちらの連中だけじゃない。彼に対する態度も同じだ」
それどころか、自分たちのためにあれこれ考えてくれている相手に対して向ける態度じゃない……とフラガの視線が語っている。
「少佐……別に気にしていませんよ……慣れていますから」
最近はオーブ本国にもブルーコスモス関係者が増え始めていた。さすがに中立国と言うことと、オーブではコーディネーターもナチュラルも同等だというのが鉄則になっているから、目に見える行動を起こしていないだけだと言っていい。
「だけどな。こういう事はきちんとしておかないと、今回の一件がこのお嬢さんのせいでパーになりかねん」
それで戦争になったら困るしなぁ……と言う彼のセリフに、その場にいた誰もが表情をこわばらせる。
「と言うわけだ。最低限のルールすら守れないなら、かまわない。今からでも戻るんだな」
フラガの言葉に、フレイは悔しそうに唇を咬んだ。素直に謝罪の言葉を口にしないのは、彼女に身に付いている『コーディネーターに対する考え』が強すぎるせいだろう。
「なぁ、キラ」
気まずくなりつつあるその場の雰囲気を変えようとするかのようにトールが口を開く。
「何?」
キラも出来るだけ明るい口調で聞き返した。
「よければさ……ブリッジ内のあれこれについて説明してくれると嬉しいんだけど……」
「あ、それは俺も聞きたい」
すかさずカズイも同意を示す。
「いいけど……もう少し待ってもらえる? あちらの人たちも聞きたがると思うから……片方だけ優先すると後々問題になるんじゃないかな?」
ね、っと問いかけてくるキラの言葉はもっともなものだろう。
だが、今ひとつ釈然としない表情を作る。
しかし、キラが意外なところで頑固だ……というのを、トール達はよく知っている。だから、仕方がないとすぐにあきらめてくれた。
視線を向ければ、エレベーターがブリッジへと向かってきているのがわかる。
「すぐだよ。そうしたら、全部説明してあげるから」
キラは穏やかな微笑みを強めるとさらにこう口にした。
だが、ただ一人、そんなキラのセリフに納得していない者がいたのもまた事実。
「……これ、何で光っているの?」
そう言いながら、フレイがコンソールの上に手を伸ばす。
反射的にキラが視線を向けた。
エレベーターのドアが開く。
「それに触るな!」
キラの叫びが、ブリッジ内に響き渡った……