Runners
2
「……やっぱり、貴様が出てきたか……ムウ・ラ・フラガ」
ブリッジとおぼしき場所で少年と話していたフラガは、その声に振り向く。
「それはこちらのセリフだろう。ラウ・ル・クルーゼ」
苦笑を浮かべつつフラガは言葉を返す。
「まぁ、予想はしていたがな。俺とお前の腐れ縁を考えれば」
「そう言うことだ」
フラガの言葉にクルーゼも同じように苦笑を浮かべた。
「ところで、そちらは?」
どう見ても、まだ十代半ばだろうその少年の姿にクルーゼは目を細める。
「お前が面倒を見る相手の一人か?」
それにしては、雰囲気が違うだろうと彼は言外に付け加えた。どちらかというと少年の容姿はコーディネーターと言うべきものだった。
「聞いて驚け。この船のシステム担当者だそうだ」
この年齢で……とフラガは口にする。
「……と言うことは、コーディネーターと言うことでかまわないのか?」
それを無視して、クルーゼが少年に問いかけた。
「はい。ただし、僕は第一世代になりますが」
ふわっと微笑むと、少年は菫色の瞳をクルーゼへと向ける。その言葉に、クルーゼだけではなくフラガもかすかに眉を上げた。
「……その年齢で第一世代とは……」
はっきり言って珍しい。二つの種族の間に溝が生じてから、プラント以外でコーディネイトが行われることはまれだと言っていい。そのため、第一世代のものはほとんどが二十代半ば以上の年齢なのだ。彼と同年代というと、第二世代が中心であろう。
「僕の場合は……遺伝子上の問題があったそうですので……その治療の意味もあってコーディネイトされたそうです」
そんな二人の疑問を敏感に受け止めたのだろう。少年は微笑みに苦いものを含ませるとこう告げた。
「そりゃ……悪いことを聞いちまったな」
すまんとフラガはすぐに口にする。
「いえ。慣れていますから」
それを少年はあっさりと受け流す。
「では、おそろいのようですので……一応システムの説明をさせて頂きます。オーブのメンバーとして僕も同行させて頂きますが……基本的にここに詰めていることになるかと思います。お二人とも、第一種ライセンスをお持ちと言うことですが?」
宇宙船の操縦の経験は……と告げる少年は二人に自分たちと同等の存在だと認識させるに十分だった。
「まぁ、それなりに」
「必要に応じて……だがな」
この答えに少年は満足そうな微笑みを浮かべる。
「では、万が一の時は大丈夫ですね。第二種でよければ僕も持っていますし」
システム自体は、他の船と変わらない……と少年は付け加えた。
「……あきれたな……その年で第二種とは言え持っているのかよ」
いくらコーディネーターとはいえ、かなり努力をしなければ無理なのではないだろうか。それを目の前の少年は何でもないことのように口にしている。
そんなフラガの言葉が耳に届いているだろうに、彼は反応を返してこない。おそらく、必要ないという判断からだろうと言うことはわかる。
「……たいしたオコサマだよ……」
そんな彼の態度に、フラガは素直に感心をした。同時に、これだけの人材をあっさりと参加させてくれたオーブの度量の広さにも。連邦であれば、こんな人材は隠しておくのではないだろうかとも思う。
「もっとも、今ご説明したことは必要がない方がいいのですが……基本的に、ここへの立ち入りは申し訳ありませんが、オーブ所属の人間だけと言うことにさせて頂きたいので」
「わかっている。我々はあくまでも交流が目的だからな」
「ただし、出航前に一度見学だけはさせてやってくれ。うちのお子様達の好奇心が抑えられないはずだから」
クルーゼとフラガはそれぞれ彼へと言葉を返す。
「わかっています。サイ達の性格ならそう言い出しますよね」
くすりと笑いを漏らしながら、少年が告げたセリフに、フラガはおやっと思う。
「知り合いなわけ?」
「えぇ。一応プラントからのメンバーの中にも顔見知りの者がいます。だから、今回僕が選ばれたのですよ」
いざというときの仲裁役が必要でしょうと彼は説明をする。
「マジで至れり尽くせりだな」
その言葉にそれ以上の言葉を見つけられないフラガだった。
プラント側と連邦側のメンバーがそろった――プラント側の一名は、急遽キャンセルになったらしい――という連絡を受け、二人はそれぞれの控え室へと向かっていく。その後ろ姿を見つめながら、少年――キラは小さくため息をついた。
「疲れているようだな」
そんな彼の背に声がかけられる。
「カガリ。一人?」
「あぁ……パイロットが遅れているんだと。仕方がないから、外で合流することにした。時間を遅らせるわけにはいかないからな」
その分、キラには負担をかけてしまうが……とカガリが告げた。
「この船は、一応一人でも動かせるようにシステムを組んであるからね。そうでもないよ」
「って言えるのはお前だけだって」
カガリがあきれたように呟く。
「ナチュラルの知力とコーディネーターのそれを同レベルにするな」
付け加えられた言葉に、キラは苦笑を返す。
「そう言うカガリだって、シミュレーターでは十分動かせていたじゃないか」
「そりゃ、私は『ヤマト助教授』の個人講義を受けているからな。他の連中よりは詳しくなっているさ」
キラの言葉に胸を張った。
もちろん、彼がそう呼ばれるのが嫌いだ、と知っていてのイヤミである。
「……カガリ……」
案の定、キラが嫌そうに眉を寄せた。
「冗談だ。私も手伝う。キラのように一人でもこの船を動かせるライセンスは持っていないが、お前の補助ぐらいは出来る資格だけは手に入れているからな」
でないと、いつでもお前だけに負担を背負わせてしまうことになる……と告げるカガリに、キラは苦笑を返す。
「気にすることはないのに……ナチュラルの成人は18歳だっけ? カガリにはまだまだ時間があるじゃないか」
そんなに焦ることはない、とキラは思う。
「……そんなことを言ったら……私はいつまでもお前に勝てないじゃないか。今回だって、他の者たちと同年代だから、私がオーブの代表として参加すると言ったのに……私が知らないところで父様達がお前に参加を要請していたし……久々におじさま達に会いに帰ってきたんだろう、キラは」
それなのに、ゆっくり話すことも出来なかっただろう……とカガリは付け加える。
「仕方がないよ。それも僕の仕事だからね」
父さん達もわかってくれている……とキラは笑う。それはカガリを慰めるため……ではなく、本心からの言葉だった。だが、彼女はそう受け止めなかったらしい。
「そう言っているから、いつも貧乏くじを引くことになるんだ、お前は」
こういうかがりに、キラはますます笑みを深めた。
「何だよ、キラ」
「カガリは優しいなって思っただけ」
次の瞬間、彼女は頬を真っ赤に染める。
「くだらないことを言うんじゃない!」
言葉とともにカガリはキラの額を小突く。それが彼女の照れ隠しだとわかっているキラは、声を上げて笑った。
「それにね。今回はカガリに会いたくて帰ってきたようなものだし……だからいいんだよ」
こんなセリフを口にしながら、キラはパイロットシートへと腰を下ろす。
「本当にお前は……」
だから貧乏くじを引くんだ、とカガリはため息をつく。そして、キラの隣のシートへと身を沈めた。