空の彼方の虹
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中にいたのはラクスとニコル、それにディアッカとイザークだった。
「……お前たちだけなのか?」
カガリはそう言いながら、室内を確認するように視線を移動させる。
「アスランなら、来ていませんよ」
即座にラクスが口を開いた。
「嘘だろう」
あいつが、とカガリは呟いてしまう。
「本当です。事前にわかっていた方が対処がとれると思って、声をかけたのですが……珍しく断られました」
ニコルがフォローするように言葉を綴った。
「何でも、お前たちに会うと辛くなるから、とか言っていたな」
何がとはわからない。それでも本音らしいぞ、と言ったのはディアッカだ。
「いい加減、自分の間違いに気づいて恥ずかしくなったんだろう、あいつも」
イザークはいつものように突き放した口調である。
「ならいいが……」
今ひとつ信用できないのは、過去のあれこれがあるからだろう。だが、今、ここにいないのは事実のようだ。
「何があったんだろうね」
キラも不思議なのか。こう言いながら首をひねっている。
「そうですね。何かよからぬことでも考えているのでしょうか」
レイはレイで、こんなセリフを口にしてくれた。もっとも、それはカガリも疑っていることだから怒ることもできない。
「先日の事件の時、何か、衝撃の真実を突きつけられたようですわ」
詳しいことは聞いていないが、とラクスが言った。
「おそらく、わたくし達は、知らない方がいいのでしょう、それは」
さらにこう続ける。
間違いなく、彼女は何かを知っているはずだ。カガリは今のセリフからそう判断をする。
「ラクス?」
知っているならば話せ、とカガリは言外に告げた。
「……下手につつくと、またアスランの執着心が復活しかねませんわよ?」
しかし、こう言われては下手に調べるわけにもいかない。
「それにしても、ゆっくりとお話しできると思えば、お別れなんですね」
残念です、とニコルが話題を変えるように口にする。
「そうだね。せっかく仲良くなれたのに」
残念だ、とキラもうなずく。
「安心しろ。ラクスやレイと一緒で、そいつにも無条件で入国許可が出るさ。何なら、コンサートの依頼をしてもいいだろうし」
カガリはそう言って微笑む。
「お前が聞きたいんだろう? そいつのピアノ」
そう問いかければ、キラは小さく首を縦に振って見せた。
「僕も聞いてもらいたいですよ」
ニコルも即座にそう言い返してくる。
「……ピアノでしたら、ここにもありますよ? コンサート用のではありませんが」
レイが立ち上がると部屋の奥へと移動した。そのまま、布がかけられているもののそばへと歩み寄る。
「おれとラウがたまに使うくらいですが、一応、調律はされているはずです」
そう言いながら、彼はそれを覆っていた布を外した。そこには小型のグランドピアノがあった。
「十分です」
ニコルがそう言いながら腰を浮かせる。
「ニコル様が弾いてくださるなら、わたくしも歌わせていただきましょうか」
ラクスがそう言って微笑む。
「あぁ、いいですね」
ニコルもそう言ってうなずく。
「それはすごいな。ニコルのピアノはともかく、ラクス嬢の歌を生で聴く機会なんて、滅多に与えられないぞ」
ディアッカが少し興奮気味にそう言った。
「しかも、他の聴衆なしだからな」
イザークですら浮かれているらしい。
「では、曲目を決める時間をくださいね?」
そう言うとラクスとニコルは話し合いを開始する。
「それが決まるまで、お茶にしましょう」
手持ちぶさたになったメンバーを確認してレイがこう提案してきた。
「そうだね。そろそろ兄さんも来るだろうし」
でも、とキラは首をかしげる。
「兄さん。僕たちの分だけを持ってきてお客様の分を忘れているなんてことはないよね?」
彼は不安そうにカガリを見つめてきた。
「ないとは言い切れないのがカナードさんだよな」
カガリも思わず不安を覚えたのは、過去にそんな事例があったからだ。もちろん、そうされた相手はカガリ本人である。
「まぁ、大丈夫だろう」
ラクスがいることを知っているのだから。自分を安心させるためにそう付け加えたカガリだった。
結論として、カナードが持ってきたのは人数が関係ない焼き菓子だった。