空の彼方の虹
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目の前の敵が、いきなり混乱を見せた。
「……何だ?」
何があった? とカナードは呟く。しかし、敵が背後から撃たれたのを見て、救援が来たのだろうと推測をした。
「ギナ様か?」
それとも、他の誰かだろうか。
「どっちでもかまわないか」
これで、キラ達を守れる。自分も無事に彼らの元に返ることができるだろう。
「あいつを泣かせないことが一番だからな」
自分にとっては、と続ける。
「と言うことで、さっさと終わらせてしまおう」
これを、と呟く。
「そうしたら、キラにおやつを作ってやらないとな」
最近、あまり食べていない。だから、甘やかしていると言われてもいいから、カロリーを取らせないといけないだろう。
「小さいままでも、俺はいいが……本人がいやがるからな」
そんなことを考えるだけで心が温かくなる。
今、自分は誰かを傷つけているというのにだ。
だが、カナードの中でそれは矛盾を生じさせていない。キラというただ一つの存在があるからこそ、自分はしっかりと立っていられる。その事実をよく自覚しているからだ。
「まぁ、それは後で考えるか」
ここでけがをしたら意味がない。だから、気持ちを引き締めなければいけないのではないか。自分にそう言い聞かせると、カナードは銃のグリップを握り直した。
すぐ目の前に父の背中がある。
しかし、自分達の間には埋めようのない溝ができてしまったのではないか。
アスランはそう考えるとため息をつく。
いったい、何故、父はキラ達を暗殺させようとしたのだろうか。
そして、母はその事実を知っていたのか。
こう考えたときだ。すぐにその時期から母が研究室にこもって自宅に戻ってこなくなったことを思い出す。
つまり、彼女もその事実を知っていたのだろう。
あの母のことだ。父の暴挙を止めようとしないはずがない。
母をあれだけ愛していた父が、彼女の言葉を聞き入れなかった。それだけでもどれだけ父が彼らの存在をこの世から消したかったのかが伝わってくる。
しかし、だ。その理由がわからない。
パトリックがヤマト家の人々と顔を合わせたことはなかったはずなのだ。
それなのに何故、と思う。
「これが、まだ、カガリやサハクの双子ならわかるんだが」
彼女たちであれば、プラントの利益のためにこっそりと、と考えてもおかしくはない。
しかし、ヤマト家の人々はごく普通の民間人だったのだ。
いったい、彼らがプラントの利益の何を阻害したというのだろうか。
いくら考えてもわからない。
ただ、これだけは確実に言える。
父が父である以上、彼らは自分を許してくれないだろう。
これは、自分が何をしても変わらないはずだ。
しかし、だ。
だからと言って、父を殺すこともできない。彼が自分に残された唯一の肉親だと言うことも事実なのだ。
「俺のキラは、もういないしな」
もう一人のキラに、彼の面影を見いだすことはできる。しかし、近づくことはできないだろう。
だからと言って、彼の存在をあきらめることもできない。
せめて、遠くから見守るぐらいは許されるのだろうか。そして、いつか近づくことを許してもらえることを祈るしかない。
キラの行方がわからなかった三年間よりもマシではないか。
自分に言い聞かせるように心の中でそう呟く。
もっとも、それがただの慰めでしかないことも、アスランにはわかっていたが……