空の彼方の虹
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ここからでは外の様子がわからない。
「兄さん……」
カナードは大丈夫なのか。一人で出て行ったまま帰って来ない彼がどのような状況なのかわからないから、不安が募る。
「大丈夫ですわ、キラ」
ラクスがこうささやいてくれた。それでも、素直に首を縦に振ることができない。
「わたくし達がそばにいない以上、あの方は自由に動くことができます」
自分達という足手まといがいないから。彼女はそう続けた。
それはそうだろう。
「……でも、兄さん一人だけ戦わせるのはいやだ……」
だからと言って、自分には何もできないと言うこともわかっている。自分は戦い方を知らないから、とキラは続けた。
「お前はそのままでいいんだよ」
二人の話を聞いていたのか。カガリが口を挟んでくる。
「お前が笑っていることがカナードさんにとっても私にとっても、大切なことなんだからな」
いつも言っているだろう? と彼女は続けた。
「わかっているけど……」
納得できない。こういうときには特に、とキラは口にする。
「キラさんが笑っていられる世界、と言うのがカナードさんが大切だと思っている世界だからではないですか?」
レイがそう言ってきた。
「もっとも、それは俺がそう考えているだけかもしれないですけど」
彼はそう続ける。
「キラさんは、たくさん涙を流したんです。だから、今はそれでいいと思います」
そう言うものなのだろうか、とキラは首をかしげた。
「どんなときにでも笑っていると言うことは、ある意味大変なことですわよ」
さらにラクスがこう言ってくる。
「ラクスさん?」
「守られなければならないというのは心苦しいものです。しかし、守る対象があるからこそ、戦える方もいるのです」
だが、そんな者達を支えることができるのは守られている者達の微笑みだけだ。
「迷うことも必要です。しかし、その迷いに引きずられて自分のなすべきことを放棄するのはいけないことではありませんか?」
ラクスの問いかけに、キラは答えることができない。
「今すぐ、答えを出すことではありません。ただ、あなたの存在を支えにしている方がいることを覚えておかれるべきです」
彼女が言っているのが誰のことか。それは確認しなくてもわかっている。でも。とキラは思う。
「兄さんは、そんなに弱くない」
「それはわかりませんわ。男の方は、皆、意地っ張りで見栄っ張りですから」
ラクスのこの言葉にギルバートが苦笑を浮かべている。
「……でも……」
キラはなおも反論しようとする。
「あきらめろ、キラ。口でそいつに勝てる人間は、まずいない」
お前では絶対に無理だ。そう言うとカガリは彼の肩を叩く。
「でも、お前が笑っているとカナードさんだけではなくラウさんや私も喜ぶぞ」
だから、あまりあれこれ考え込むな。彼女はそう続ける。
「カガリ……」
「それに,きっとすぐに誰も戦わなくていい世界がくるかもしれないしな」
そうだろう? と彼女は問いかけてきた。
「……うん」
確かにそうだ。
「だから今はおとなしくしていろ。平和になれば、お前の才能を必要とする人間が多いんだからな」
今は、カナードを信じろ。そう言いきられる。
「あの人の強さを一番よく知っているのはお前だろう?」
信じなくてどうするんだ? と言われて、キラは唇をかんだ。
でも、心配なものは心配なのだ。
「それに、そろそろギナ様が駆けつけてくると思うよ」
どこかに連絡を取っていたらしいギルバートがそう言ってくる。
「私達にできるのは、ここでおとなしく待っていることだよ」
渋々ながら、それにキラは小さく首を縦に振って見せた。