空の彼方の虹
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屋上までは誰にも見つかることなくたどり着くことができた。
しかし、屋上にいた見張りは殺さないわけにはいかなかった。その事実がアスランの心に重くのしかかっている。
「仕方がないとわかってはいるんだけどな」
生身の同胞を殺すというのが、こんなにきついことだとは思わなかった。あるいは、ナチュラルでもそう考えるのではないか。今更ながらそう考える。
しかし、今はそれを考えるときではない。
「階段は確保した」
今は任務に集中するときだ。そう考えてアスランは報告の言葉を口にする。
『わかった。俺たちが到着するまで、お前はそこで待機だ』
すぐにミゲルの声が届く。
「了解」
確かに下手に突っ込んで脱出ルートをつぶされるのはまずい。
だから、みんなが来るまでここを死守しなければいけない。
「それに、下からのメンバーとタイミングも合わせないといけないしな」
突入の、と呟く。
しかし、一人でいると余計な事を考えてしまう。そんなことをしている場合ではないというのにだ。
「……俺は軍人に向いていないのかもしれない」
小さな笑いとともにそう呟く。
それでも、と彼は自分に言い聞かせるように続けた。
「今、守れる命を見捨てることはできない」
あのときのように、何もできないまま見ているだけはごめんだ。そうできる力を手にすることができただけでもいいのではないだろうか。
そのときだ。
誰かがこちらに近づいてくる気配がする。
アスランは反射的に銃を抱きしめた。
「しかし、予想以上にオーブはしぶといな」
アスランの存在に気づいているのかいないのか。こんな声が響いてくる。
「いっそのことあの事実を公表すればいいのではありませんか?」
「あの事実というと?」
「ザフトがヒビキ博士夫妻とその義妹一家を殺害したというあれです」
アスハの後継はヒビキ博士夫妻の実の娘だ。そして、その義妹一家の息子は、その双子の片割れだった。しかも、彼はオーブの中枢を担うように育てられていたはず。
「その上、自分の息子の親友だったというのに……よく暗殺命令を出せたものだ、ザラ閣下は」
今、何を言った? とアスランは自分の耳を疑いたくなる。
「最初からデーター目的で近づけたのか?」
「そこまではわからないがな」
この事実をパトリックだけではなくロンド・ミナに突きつければどうなるか。それを見てみたい。男はそう告げる。
「だが、隊長が許可されるか?」
「どうだろうな。だが、相手の反応次第ではあり得ると思うぞ」
他のものがそれを知っているかどうかも見物だ。彼はそう言って笑った。
「その光景をプラントだけではなくオーブにも流せれば、なお効果的か」
その後どうなるのか。それは知らない。そう言う声が遠ざかっていく。
どうやら、自分の存在に気づかれずにすんだようだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
問題なのは、彼らが話していた内容だ。
「キラとカガリが双子?」
と言うことは、もう一人のキラも彼らの兄弟と言うことになる。そして、一番問題なのは、パトリックが彼らを暗殺させたと言うことだ。
「父上が、そんなことをするはずがない……」
そう信じたい。
しかし、父のキラに対する言動を見ていればそうとも言い切れないのだ。
「確認しないと……」
本人の口から直に、とアスランは呟く。
そのためにも、彼らを無事に助け出さなければいけない。そう付け加えていた。