空の彼方の虹
165
バルトフェルドの居場所はすぐにわかった。
「状況は?」
そう言いながらラウは彼に歩み寄っていく。その後ろにギナがいることは、あえて無視をした。
バルトフェルドの方も彼の姿をちらっと見ただけで、あえて問いかけてこない。それはきっと、バルトフェルドもギナの顔を知っているからだろう。
「とりあえず、ビル内は人質と犯人、それに交渉役以外は無人だ。内部の様子も外から確認できる」
周囲は警察に規制させている。バルトフェルドはそう続けた。
「問題は、あちらがかなりの武装を持ち込んでいると言うことだな」
陸上のフル装備を持ち込んでいるらしい。他にも催涙ガスのようなものも持っているという報告もある。
「厄介ですね、それは」
しかも、ユウキは都市戦のエキスパートなのだ。
「兵糧攻めも難しいでしょうしね」
ユウキにしてみれば、人質は目的の相手と交換するまで生きていればいいだけの存在だ。例え、その後、すぐに死んだとしても何の問題はない。
「それでもまだ穏便と言える対応をしているのは、こちらにブルーコスモスの盟主の身柄があること。そして、人質の中にロンド・ミナ様がおられるからでしょうね」
ウズミやカガリと同じくらい、彼女もオーブ国民に人気がある。セイランとははっきり言って雲泥の差だ。そんな彼女がブルーコスモスによって害されたとなれば、オーブ国内で排斥運動が始まるのは目に見えている。
「ついでに、あの男は姉上の強さを噂半分と考えておるようだな」
拘束もしていないとは、とギナが口を挟んできた。
「身体検査もしておらぬのか?」
さらに彼はこう付け加える。ラウにはその理由がわかってしまった。
「ミナ様は、マントの下に何をお持ちなのですか?」
「さぁ」
彼の問いかけを、ギナは受け流す。
「とりあえず、一瞬でも連中に隙を作らせれば、内部から攪乱するであろうな」
その代わりというように、彼はそう付け加える。
「……そう言うことにしておきましょう」
バルトフェルドが苦笑とともに言葉を吐き出す。
「ともかく、人質は会議室に押し込められている。入り口と通路に、見張りの兵士がいるな」
そのほかに、フロア全体を掌握している状況だ。彼はさらに説明を続ける。
「もっとも、そのすぐ下のフロアまではうちの隊の連中が確保しているが……」
そこから先は膠着状態だ。忌々しそうに彼は言う。
「屋上は?」
バルトフェルドのことだ。しっかりと確認しているだろう。そう思いながらラウは問いかける。
「兵士が二名、見張りに立っている」
まずは、それを何とかするべきなのだろう。
しかし、とラウはため息をつく。
「こうなると、評議会ビルの高さが恨めしいですな」
下手に上れば上から発見されやすい。かといって、プラント内部を飛行できる乗り物はないに等しい。
「……貴様らがヘリオポリスで使った手段を再現すればよかろう」
幸い、雲もかかっておるようだしな。そう言ったのはギナだ。
「メインシャフトからの降下、か」
確かに、連中も上から来るとは思っていないだろう。
だが、危険を伴うというのも事実だ。
「それしかないかもしれませんね」
しかし、奇襲をしなければならない以上、とラウは言う。
「確かにな」
不本意だが、とバルトフェルドもうなずく。
「それと……ビルの構造図はあるか? 多少、いたずらを仕掛けたいのだが」
にやり、と笑いながらギナは言う。
「ギナ様?」
「内部が全て、シェルター化されておるわけではあるまい? 落とし穴の一つや二つ、作れよう」
小型の爆弾で、と彼は続けた。
「いっそ、床ごと部屋を落とすのもよいかもしれんな」
くつくつと、ギナが笑う。
「さすがにそれは……」
「だが、多少の爆竹は効果的だろうな」
にやりとバルトフェルドが笑いながらうなずいた。
「できれば、そのあたり、もう少しつめさせていただきたいが?」
「よかろう。私としても、先日の遺恨も晴らしたいところだからな」
ひょっとして、自分がバルトフェルドを苦手としているのは、どこかギナに似ているからなのか。ふっとそんな疑問を抱いてしまったラウだった。