空の彼方の虹
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ようやく書類を書き終わった。
「さて、帰るか」
ディアッカのほっとしたような声が耳に届く。しかし、それは自分も内心では同じだから笑う気持ちにはなれない。
アスランがそんなことを考えながら立ち上がろうとしたときだ。
「残念だが、緊急招集だ」
端末でどこかと連絡を取り合っていたミゲルがこう言ってくる。
「何かあったのですか?」
戦争が終わったのに、とニコルが付け加えた。
「ブルーコスモスの残党が、最高評議会議員を人質に立てこもっているそうだ」
それに、ミゲルはこう言い返す。
「本当ですか?」
ミゲル以外のメンバーは親が最高評議会議員だ。つまり、自分達の親が人質に取られていると言うこともでもある。
「本当だ」
どうやら、彼らの身柄とブルーコスモスの盟主のそれを交換したいらしい。もちろん、そんなことなどできるはずがないだろう。
「そう言うわけで、俺たちに人質救出の人が下ったわけだ」
さっさと行くぞ、と彼は続ける。
「了解」
さすがに親を見捨てるわけにはいかないからな、とディアッカは付け加えた。それは他の者達の気持ちも代弁していると言っていい。
「指揮は誰が?」
ふっと思いついてアスランはミゲルに問いかけた。
「隊長とバルトフェルド隊長の共同作戦だそうだ」
この言葉に、アスランは眉根を寄せる。
「と言うことは、立てこもり犯はそれなりの経験の持ち主と言うことか」
確かに、自分達はMSのパイロットだ。しかし、白兵戦の訓練も受けている。それも、それなりの実力があると言えるのではないか。
普通の立てこもり事件であれば――相手がザフトの兵士とは言え――自分達だけで制圧できるような気がする。
しかし、ラウに負けないくらい歴戦の勇者であるバルトフェルドの隊と共同作戦と言うことは、相手も負けないくらいの経歴を持っていると言えることではないか。
「人質の中にロンド・ミナ様がいらっしゃるからかもしれないな」
ミゲルがそう言ってきた。
「……それはあり得ないな」
反射的にアスランは呟いてしまう。
「アスラン?」
それをしっかりと耳にしたのか。ニコルがそう問いかけてくる。
「カガリの武芸の基礎は全てロンド・ミナ様がたたき込んだんだぞ。あのギナ様ですら、ミナ様にはかなわないらしい」
その気になれば、一個小隊ぐらい、一人で殲滅できるのではないか。
キラがそう言っていた。もちろん、それは半ば冗談だったのだろう。しかし、一人なら逃げ出すことが可能であるような気がする。
「……つまり、足を引っ張っているのは、うちの親たちだと言うことですね?」
あり得る話だ、とニコルはあっさりとうなずいてみせた。
「だから、忙しくても多少の訓練はしておけと言っていたのに」
最近、母にも『太った』と言われていたではないか。彼はそう続ける。
「まぁ、まだ戦時中だったからな。ニコルの父君は開発のトップでもあるし」
彼の研究の成果が兵士の命を守ることにつながる以上、とアスランは言う。
「だといいのですけどね」
もっとも、これからは別の研究をすることになるのだろうか。ニコルはそう続けた。
「しかし、立てこもり場所が最高評議会ビルでよかったかもしれません」
「確かに。あそこの資料ならば、ライブラリにあるからな」
もっとも、犯人が公開範囲を変更していれば厄介なことになる。
「……ともかく、早々に終わらせないと、ますます騒動が広がるか」
それだけは避けなければいけない。
「平和にならないと、いろいろとできないことがあるからな」
アスランは小さな声でそう付け加える。
「そうですね」
それだけは事実だ。ニコルも同意をするようにうなずいて見せた。