空の彼方の虹

BACK | NEXT | TOP

  161  



 ギナ達が戻ってきたのは、それから三十分近く経ってからのことだった。
「何かありましたか?」
 その事実に引っかかるものを覚えるのは自分だけではないだろう。そう思いながらカナードは問いかける。
「とりあえずは、何もないな」
 伝えなければいけないことは、と彼は言い返してきた。
「些末なことでも教えていただきたいのですが」
 ラクスがギナの顔をまっすぐに見つめながら言葉を口にする。
「そうでなければ、対策がとれませんわ」
 それはもっともな主張ではないか。
 ギナもそう判断したのだろう。
「ネズミが数匹と、スプリンクラーが作動する程度の爆発物が設置されていた程度よ」
 それほど心配することではない。彼はそう続ける。
「おそらく、元々の狙いは我らではなくお前だろうな」
 ギナのこの言葉にラクスは小さなため息をつく。
「わたくしを人質に取ったとしても何も変わりませんのに」
 それはどうだろうか。少なくとも、民衆の間にかなりの動揺が走るはずである。兵士の中にも当然、冷静さを保てなくなるものが出てくるだろう。
 戦時中であれば、それだけでザフトにとってマイナスになるのではないか。
 ラクスの拉致に失敗したとしても、ザフトの兵士が反乱を起こしたとなれば、ブルーコスモスにしては十分な成果なのだろう。
「お前も、自分がどれだけ人気者なのか、自覚した方がいいんじゃないか?」
 即座にカガリが突っ込みを入れる。
「それほどでもありませんわ」
 これは謙遜なのか。それとも、と思わずにいられない。
「どちらにしろ、失敗したのだ。些末な問題であろう」
 ギナはそう言って笑った。
「ネズミどもは縛り上げて空いている部屋に放り込んできたしの」
 ついでに、ロックに仕掛けをしてきた。下手に助け出そうとすれば、それなりの報復を受けるだろう。彼はそう続けた。
「けがをするとか?」
 不安そうな表情でキラが問いかける。
「心配いらん。せいぜい、つり上げられるだけよ」
 カガリはよく知っているトラップを仕掛けただけだ。ギナはそう言った。
「あぁ、あれですか」
 すぐに思い当たるものがあったのだろう。カガリが小さくうなずいてみせる。
「けがをするとしても、擦り傷ぐらいだぞ」
 だから、安心しろ。カガリもキラに向かってそう言う。
「なら、いいけど……」
 キラは少しだけほっとしたような表情で言葉を重ねる。
「悪い人でも、きっと、待っている人がいるから」
 だから、傷ついて欲しくはない。彼はそう付け加えた。
「お前は優しいな」
 カナードは手を伸ばすとキラの頭をなでる。
 彼の言うことは、ある意味、きれい事かもしれない。だが、とカナードは口を開く。
「お前はそのままでいてくれ」
 一人ぐらいはきれい事を言う人間がいないとだめだろう。
 何よりも、彼は誰よりも失う痛みを知っている。だから、こう言えるのかもしれない。
「お前が正しい道を知っているなら、俺は多少それても大丈夫だしな」
 自分の判断は信用できなくてもキラのそれならば話は別だ。
「そうだの。一人ぐらいはそう言う考えのものがおらねば、議論にもならぬ」
 そして、それができるのはキラだけではないか。ギナもそう言ってうなずく。
「お前の前では、無駄な血は流さぬよ」
 そう言って笑う彼に、キラも小さくうなずいて見せた。
 その光景をラウ達が微苦笑とともに見守っている。
 これで、後、ミナ達が来てくれれば、全ては終わるだろう。カナードはそう考える。
 もっとも、そううまくは行かなかったが。


BACK | NEXT | TOP


最遊釈厄伝