空の彼方の虹
155
拉致グループはそれからすぐに制圧された。
「まさか、ブルーコスモスがここまで食い込んでいたとは」
ため息とともにシーゲルがこう呟く。
「連中にしれ見れば、死活問題だからでしょうね」
それにミナはこう言い返す。
「あの子達のことで、お手数をおかけした。無事だったのは議長をはじめとする皆様のおかげでしょう」
他の者達はともかく、シーゲルとラクスが動いてくれたのは事実らしい。だから、とミナは礼の言葉を続けた。
「とはいえ、ここもあの子達には安全な場所ではないようだ」
このように襲撃されるのであれば、と彼女はため息をつく。
「確かに、それは否定できないか」
自分が知っているだけでも、プラントで二回、彼は襲撃されている。大使館へのそれも含めれば三回だろうか。シーゲルはそう続けた。
「かといって、オーブも安全と言えないのでは?」
タッドがこう言ってくる。それは最初から予測していた言葉だ。
「普段、あの子はアメノミハシラから一人で出ることはほとんどない。私もそばにいるしな」
ある意味、今回のきっかけになった地球軍の襲撃が初めてだった。逆に言えば、それまでは機会がなかったのだろう。
「私がそばにいて、あの子を危険にさらすわけはないしな」
そう言ってミナは笑った。
「アメノミハシラであれば、内部にブルーコスモス関係者はおらん」
それだけは断言できる。
「それに、どのみち、あの子が十八になるまであれのロックは外れんぞ?」
それまで、後数年あるが、と続けた。
「……それは……」
「実験自体のデーターはある。それはすぐに渡せるよう、手配をするのはやぶさかではない」
それを使ってプラントで実験するのであれば、研究員を派遣することも、だ。
「それでは不満かの?」
ミナはそう言うと、タッドへと視線を向ける。
「いや。データーだけでもありがたいのは事実だが……」
しかし、と続けたのは何なのだろうか。
「個人的に言えば、あの子をアメノミハシラに連れ帰りたいのは襲撃を懸念してのことではない」
それを遮るようにミナは口を開く。
「と、おっしゃると?」
何が問題なのか。言外にそう問いかけられた。
「ここにはアスラン・ザラがいますからね」
キラにとってはストレスの原因となっている。ミナはそう言いきった。
「確かに怖がられているようだが……」
おそらく、ディアッカから聞いたのだろう。タッドはそう言ってうなずいてみせる。
「だが、何故かね?」
理由がわからない。彼はそう続けた。
「双子の中には、どれだけ離れていようと相手の感情を受け取れる者達がいる。そうでなかったとしても、親しものの存在を感じとれる者達もいる、と言うのはご存じだろうか」
ミナのこの言葉にタッドだけはうなずいてみせる。医師でもある彼は、その事例を聞いたことがあるのだろう。
「アスランの知り合いにも《キラ》と言う少年がいたのだよ。遺伝子的にはあのこと同一の存在でな。生まれた時期と母体だけが違うだけだ」
あの子の母君には卵子に異常があったために姉妹の受精卵を胎内に入れてあの子を産んだ。そのために、離れていても相手の感情を感じ取ることができたらしい。
「アスランがもう一人の《キラ》に何をしたか。それは後でカガリにでも聞かれるがよかろう」
だが、決して好意的なものではなかった。最初はともかく、別れる間際には嫌悪感を隠している状況だったらしい。
「そして、彼らを死に追いやった者達は『ザラの手先』と名乗ったのだよ。彼らが救援を求めてくる通信の中にそれがあった」
必要なら、そのときのデーターも開示するが? とミナは付け加える。
「……いや、そこまでは必要がないだろう」
しかし、とシーゲルは呟く。
「アスラン君がそれで納得をするかどうか」
一番の問題はそこだろう。
「納得するまい。だから、物理的に引き離した方がいい。そう判断したまでよ」
オーブに戻ってしまえば、首長権限で入国を拒否できる。ミナはそう言って笑う。
「ともかく、それはそれとして優先すべきなのは戦後処理だろうが」
そう言って、話題をそらす。それをどう受け止めたのか。彼らの表情からは判断できなかった。