空の彼方の虹
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その瞬間、まさしく世界が静止した。
「……何が?」
ラウはそう呟く。
「ヴェサリウス!」
反射的にこう呼びかける。
『わかりません。いきなり、OSがロックされました』
アデスの困惑に満ちた声が返ってきた。
「OSが?」
自分が乗り込んでいる機体はそのようなことはない。
「……そうか……」
あるいは、あのディスクの中身が影響しているのか。今更ながら、そう思い当たる。
「本当に、事前に説明しておいて欲しいものですよ」
全く、とラウはため息をつく。
おそらく、現在すべての平気の動きを止めているのは、キラが作ったうぃするだろう。そして、先ほど、自分がこの機体に組み込んだのは、それに対する対策ソフトではないか。
問題はこれを味方に流していいものかどうか、と言うことだろう。
「さて……」
どう判断すべきだろうね、と呟いたときである。モニターにメール着信を知らせるアイコンが出ていた。
普段であれば叱咤の対象になる。
しかし、現状では自分以外に動ける機体はないはずだ。だから、と思いながらメールを開く。
「今更、遅いですよ。ギナ様」
もっと早く知らされていれば、もっと違う布陣を敷くことができたのではないか。そうはいっても、もう遅い。
「ともかく、対策ソフトは渡していいようだね」
許可が出たのであれば、遠慮はいらない。そう呟くと、またヴェサリウスを呼び出す。
「アデス、今から、手持ちの対策ソフトを贈る。おそらく使えると思うが、確認してから味方に渡してくれ」
『隊長?』
「キラ君に冗談で作っておいてもらったものだよ。本当に役立つとは思わなかった」
何気なくそう付け加える。これが、後で問題になるとは、この時は少しも考えていなかった。
おそらく、こちらにまっすぐに向かってきているあの機体がラウのものなのだろう。
「さて……あれを捕まえに行くか」
逃げ出されることはないとは思うが、と呟きながらギナも己の機体を隠してあった場所から宇宙空間へと移動させる。
『ギナ様?』
それに気がついたのだろう。ラウが呼びかけてきた。
「つきあえ。あれを逃がしては意味がないからの」
ここで徹底的に叩かなければ、また、どこからかわいて出てくる。だから、元から叩かなければいけない。
言外にそう付け加える。
『……やはり、本人自ら来ましたか』
何かを予感してたのだろう。ラウもあっさりとうなずいてみせる。
「手柄をくれてやる。それで、今回のことは内密にせよ」
いいな、と続けた。
『わかっています。しかし、このウィルスの一件はどうされるおつもりですか?』
ここまで大事になってはなかったことにできない。ラウはそう聞き返してくる。
「地球軍の新鋭艦はほぼモルゲンレーテで製造されたものだからの。あらかじめ仕込んでおいたとでも言えばよかろう」
未完成のものを使ったが故に暴走した。そう言う設定にしておけばいい。ギナはそう言って笑う。
「元々、キラが作っていた未完成のOSをセイランが持ち出したものを改造したらしいからの。だいぶ修正させたが、未だにあの子の作るプログラムは他のものでは理解不可能な箇所がある」
それを修正せずに使ったと言うことならば、誰もが納得するだろう。
『なるほど。それなら、キラの作った対応ソフトのことも説明がつきますね』
ラウはそう言ってうなずく。
『では、さっさと終わらせてしまいましょう』
「そうじゃな。ネズミが動き出そうとしているようだしの」
カナードがいるから大丈夫だとは思う。しかし、万が一のことがないとは言い切れない。
だから、少しでも早く戻った方が安心できる。ギナはそんなことも考えていた。