空の彼方の虹
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犯人の男を担当の人間に引き渡して、アスランはブリーフィングルームへと足を向けた。
「ずいぶんと活躍だったようだね、アスラン」
室内に足を踏み入れた瞬間、ラウの声が飛んでくる。
「……遅れて申し訳ありませんでした」
それに何と答えていいかわからず、アスランはこう言い返す。
「いろいろと聞きたいことはあるが、時間がない。話を進めよう」
その一言だけでラウはアスランへの興味を失ったようだようだ。
「現在、地球軍のほぼ全戦力と思われる規模の宇宙艦隊がプラントに向かっている。我々は、何としてもこれらを撃破しなければいけない」
そうでなければ、自分達に未来はない。ラウはそう続ける。
確かにそうだ、とアスランも思う。地球軍がここまで本気だと言うことは、プラントを全滅させてもいいと考えているのだろう。
それはどうしてなのか。
コーディネイターが作り出す技術はプラントのみならずナチュラルにも有用なものだと言っていい。それとも、それを使わなくてもいいと考えているのか。
あるいは、オーブを完全に手中に収める方法を手にしたからかもしれない。
「我々は、他の隊とともに明朝出撃をする」
準備を整えておくように、とラウは言う。
「了解しました」
これが最後の戦いになるかもしれない。それは激しい戦闘と同意語ではないか。だからこそ、覚悟を決めろとラウは言いたいのだろう。
「では、今日は解散した前。明日は万全の体調で来るように」
ラウはそう締めくくる。
ミゲル達はそれにきびすを返すと部屋を出て行こうとする。
「アスラン、君は残りたまえ」
仲間達の後を追おうとした彼をラウが引き留めた。
「何でしょうか」
だいたい想像はつくが、と思いながら聞き返す。
「わかっていると思うのだがね」
ため息をつきながらラウはこう言ってくる。
「君が何のために宇宙港にいたのか。それを聞かせてもらおうと思ったのだが?」
少なくとも、一度はザフト本部に足を踏み入れていたと聞いている。それなのに、わざわざあちらに移動したのは何故か。ラウはそう問いかけてきた。
「隊長のご想像通りだと思いますが?」
わかっているだろう、とアスランは言い返す。
「だが、私の想像が正解だと限らないのではないかね?」
違うか? とラウは仮面越しに視線を向けてくる。その仮面のせいで、彼がいったいどのような表情をしているのかわからない。その事実がこれほど厄介だと思ったことはない。
「……個人的な事情です」
アスランはそう口にする。
「ただ、知り合いから連絡がありました、とだけ付け加えさせていただきます」
事実ではない。だが、口実としてはそれ以外に思い浮かばなかったのだ。
「ただ、その知り合いに関してはお教えできません」
万が一のことがあっては困る。言外にそう続けた。
「なるほど」
そういうことにしておこう。ラウは意味ありげな笑みとともにそう告げる。
「しかし、どうして君はそれほどまでにあの子にこだわるのかね?」
理由があるのか。彼はそう問いかけてきた。
「……お答えしなければいけませんか?」
何故、そこまで答えなければいけないのか。そう思いながら聞き返す。
「あの子達にあれこれ教えた身としてはね。共通の聞くがあったとしても、それは教えた人間のせいだろうと思っただけだよ」
カナードに基本をたたき込んだのも自分だし、とラウは言う。
「どうしても、教えた人間の癖が移るものだしね」
そうだろう? とラウは笑った。
「君たちも、ナイフの扱いには共通の癖がある」
それは、自分達に基本をたたき込んだ人間が同じだからだ。つまり、自分が引っかかっている点は基本を教えた人間が同じだから、と言いたいのだろうか。
「キラ・バルスに関しては、私が育てたようなものだしね」
自分がこちらに来るまでは、とラウは笑う。
だからと言って、まだ、納得できたわけではない。いや、一生納得なんかできるはずがない。
アスランは心の中でそう呟いていた。