空の彼方の虹
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いったい、パトリックは何をしようとしているのか。
彼の執務室の端に達ながら、アスランは考えていた。しかし、答えは見つからない。
しかも、何か想定外のことが起きたらしい。パトリックの周囲が慌ただしくなっている。だから、問いかけるのもはばかられた。
「本当なのか?」
また新しい情報が彼の元に届いたのか。大声で報告をしてきた兵士に問いかけている。
「はい。間違いありません。こちらの制止を振り切って大使館に乗り込まれたと」
こちらもうかつに手出しできなかった。その言葉に、アスランはいやな予感を覚える。そんなことをしでかしそうな人間を一人しか知らないのだ。
「……だが、何故……」
「約束があった、と言っていました」
兵士はさらに言葉を重ねる。
「約束?」
誰と、とパトリックは呟く。
「カガリとでしょう。ラクスとカガリは友人だそうですから」
無意識のうちにアスランはそう言っていた。
「何だと?」
それにパトリックがすぐに反応を返してくる。
「ヴェサリウスでそのような話を本人達がしていましたから」
それがどうかしたのか、とアスランは言外に問いかけた。しかし、パトリックは言葉を返してこない。
「……と言うことは、シーゲルも知っているのか?」
だから、何のことなのか。
「全く……レノアが先に手に入れてきてくれればこのようなことをしなくてもすんだものを」
母にいったい何をさせようとしていたのか。また、新たな疑問がわいてくる。
ただ、誰に対してなのかは想像がついた。
母が親しくしていたのはキラ達の家族しかいない。だから、とアスランは口を開く。
「……キラ達に何を……」
するつもりだったのか。そう問いかけようとした。
「お前は、まだ、知らなくてもいい」
だが、最後まで言葉を口にする前にパトリックが言葉を口にする。
「それよりも、だ。ラクス・クラインを何とかしなければいけないな」
彼女に危害を加えれば、国民の信用を失いかねない。その結果、次の選挙に影響が出ては困る。パトリックはこう呟いている。
しかし、それは違うのではないだろうか。
先に考えなければいけないことはまだあるのではないか。アスランはそう考えてしまう。
「アスラン」
だが、パトリックにはそんなことは関係ないらしい。
「仕方がない。今からオーブ大使館に行ってラクス・クラインを連れ帰れ。いいな?」
できないとは言わせない、と彼は続ける。
無理だ、とアスランはすぐに心の中で呟く。
もっとも、パトリックが聞き入れてくるとは思えない。
「……努力だけはしてみます」
ため息とともにアスランはこう言う。
「アスラン?」
何を言っているのか、と彼は非難をするような視線を向けてくる。
「大使館には入れるかどうか。それが問題ですから」
カガリがいる以上、すんなりと中に通してくれるかどうかはわからない。そう言い返す。
「強引に踏み込むわけにはいきませんから」
さらにアスランはそう続ける。
「国内でのことだ。何とでもなる!」
しかし、パトリックはこう言い返してきた。
「お前はラクス・クラインをあそこから連れ出せばいい。後のことは気にするな」
本当に、パトリックは何をしようとしているのか。それは、本当にプラントのためになるのか。アスランにはわからない。
「わかりました」
だが、それを口実にすればカガリと話しができるかもしれない。自分は、まだ《キラ》のことを納得したわけではない。あくまでも、彼女たちの話を聞いただけだ。
公的な裏付けのない言葉など信じられない。
大使館内でそう言えば、彼女は証拠を出さざるを得ないだろう。
その機会が得られるなら、何でもしてやる。アスランは心の中でそう呟いていた。