空の彼方の虹
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この事態は想像していなかった。
「まさか、連絡も遮断されてるとは……」
言葉とともにギルバートは眉根を寄せる。
「仕方がない。ラウにがんばってもらおうか」
彼であれば、自分の知らない裏技のひとつやふたつ、持っているだろう。
「本気で、オーブ大使館を襲うつもりか」
ギルバートはそう呟く。
同時に、自分は何をするべきか。それを考える。
「私が行っても、足手まといにしかならないしね」
もう少しまじめに鍛えておくべきだったか。彼がそう呟いたときだ。手にしていた端末が着信を告げる。
「誰からだ?」
反射的に視線をモニターへと落とす。
「ラクス・クライン?」
予想もしていなかった相手の名前に、一瞬、わが目を疑う。しかし、待たせるわけにもいかないだろう。
「お待たせしました」
腹をくくると応答をする。
『お仕事のお邪魔をしたのでしょうか』
柔らかな声がすぐに返ってきた。だが、どこか緊張をはらんでいる。
「いえ。知人と連絡を取っていたところでしたので……」
仕事は関係ない、と続けた。
『それはよかったですわ』
ほっとしたような声音でラクスは言葉を返してくる。
『実は、お友達と連絡が取れませんの』
彼女はさらに言葉を重ねた。しかし、どうしてそれを自分に聞いてくるのだろうか。
『オーブの大使館にいるはずなのですが……』
しかし、さらに続けられた言葉にギルバートは無意識に眉間にしわを寄せてしまう。
「申し訳ありませんが、その方の名を教えていただけますか?」
彼女だとするならば、協力を仰げるかもしれない。
『カガリ・ユラですわ。確か、デュランダル様のお家に御滞在中のロンド・ギナ・サハク様とお知り合いと聞いております』
やはりと思う。
「残念ですが、こちらからも連絡が取れないのですよ。それどころか、大使館自体の回線が封鎖されているようです」
ここまで告げれば、聡明な人間であれば何かが起きていると理解できるはずだ。
『まぁ……それはおかしいですわね』
すぐに彼女は言葉を返してくる。
『道路も封鎖されておりますのよ。何かあったのかと問いかけても答えていただけません』
やはり、ザフトを動かしていたのか。ギルバートは心の中でそう呟く。
「こちらにも情報が入ってきておりません。残念ですが、お力になれないかと」
不本意だが、と小声で付け加える。
『わかりましたわ。お手間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした』
そう告げるラクスの声音が微妙に変化しているような気がしたのは錯覚か。
「いえ。何かわかり次第、ご連絡を差し上げた方がよろしいでしょうか」
ひょっとして、自分は地雷を踏んだのかもしれない。そう思いつつもこう問いかける。
『大丈夫です。自分で確かめに行きますもの』
ころころと笑いながらラクスは言い返してきた。
『それでは、失礼をします』
ギルバートが返すべき言葉を探している間に、ラクスはさっさと通話を終わらせる。
「……この場合、ラウに連絡をしておいた方がいいのだろうね」
しかし、本気で藪をつついて蛇を出してしまったかもしれない。これが吉と出るか凶と出るか。どちらだろう。
「まぁ、カガリを『友だち』と言っている人物なら、彼女たちに被害は及ばないだろう」
そういうことにしておこうか。ギルバートはそう考えることにする。
そのまま彼はラウ達へ連絡を取るために端末を操作し始めた。