空の彼方の虹
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パトリックが自分を呼び出すのは珍しい。そう考えながら、アスランは彼の執務室へと向かっていた。
「いったい、何のようなんだか」
思わずこう呟いてしまう。急ぎのようでなければ、自宅に帰ってからでもいいのではないか。そう思うのだ。
「隊のことではないようだし」
それならば、自分よりもラウに問いかけた方がいいに決まっている。そして、パトリックであればそれができるのだ。
では、いったい何なのか。
考えても答えは出てこない。
いや。それ以前に答えを出すための材料を自分は持っていない。アスランはその事実に気づいてしまった。
考えてみれば、レノアが死んでから、いったい、何回彼と会話を交わしただろうか。それすらも思い出せない。
自分にとって、彼はそれだけ遠い存在だ。
「本当に、何の用なんだ?」
パトリックは、とアスランは眉根を寄せる。
「あえばわかることか」
結局それしかないというのは、親子としてどうなのだろうか。これがキラの家族であれば、多少離れていてもお互いのことがわかるのだろう。
家族としてはどちらが普通なのか、考えなくてもわかる。
もちろん、それぞれの家で違いがあって当然なのだろうと言うこともわかっていた。それでも、だ。
「気が進まない」
思わず本音がこぼれ落ちる。
「だが、無視もできないか」
何があろうと、血縁をきることは難しい。そして、自分にとっても上司であるのだ、彼は。
このしがらみがなければ、自分はまだ、キラとともにいられただろうか。
ふっとそんな疑問がわき上がってくる。
そうすれば、彼は死なずにすんだのか。
「どうなんだろうな」
そう呟きながら、アスランはパトリックの執務室への道を進んでいった。
カナードの手に二人分のパンケーキをのせたお盆がある。
それはいい。
問題は、どう見てもトッピングに大きな違いがあると言うことだ。
「……兄さん?」
同じ疑問を抱いたのだろうか。キラが彼に問いかけている。
「お前は大きくならないとだめだろう? カガリは、後でダイエットだの何だのと騒ぐからな」
ならば、最初からカロリーを制限しておくのがいい。彼はそう言って笑った。
「ここだとあまり運動できないだろうからな」
と言うよりも、運動されるとまずいのではないか。カナードは言外にそう続けた。
「……まぁ、そうだけど」
確かに、いつものように十キロランニングなんてできないだろう。
それに、微妙にサイズがアップしていることも否定しない。
しかし、だ。
「でも、キラの方がうまそう」
どうせなら、おいしいものを食べたいと考えてしまう。
「……取り替える?」
キラがそう問いかけてくる。
「いいのか?」
本当に、と思わずそう言い返してしまう。
「だめだ」
ため息とともにカナードが口を挟んでくる。
「ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」
さらにこう付け加えられては、取り替えることなんてできるはずがない。今はキラの方が年下なのだからなおさらだ。
「だそうだ、キラ。がんばって食べろよ」
苦笑とともにカガリはそう言う。
「……うん」
まだ納得していないのか。キラはため息混じりにうなずいている。
「オーブに戻ったら、さらに豪華版にしてもらうからいいよ」
そんな彼に向かって、カガリは笑いながらこう言った。
「そうだな。そのときは山ほどトッピングを乗せてやろう
カナードもこう言って笑う。それで納得できたのか。キラは小さく笑って見せた。