空の彼方の虹
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部屋の外に出れば、ギナが難しい表情で誰かに連絡を取っているにがわかった。
「ギナ様?」
何かあったのか、とカナードは問いかける。
「ザフトが何か動いているらしいのだがな。ラウでも情報がつかめぬらしい」
厄介なことを、とギナは吐き捨てるように言葉を返してきた。
「もし、狙いがお前たちならば、ここに来るであろう。こうなれば、キラもここにおるのは僥倖と言えるかもしれぬ」
兵力を分散せずにすむ。同時に、ここが大使館である以上、向こうも表立っての行動はできないはずだ。
「いざとなれば、緊急脱出のための準備も整っておるしの」
にやり、と彼は笑う。
「……何を持ち込んだのですか?」
アマノトリフネがここに係留されたままなのは知っている。そして、その内部はプラントから見れば治外法権であろう。
何よりも、今回の指揮官はギナだ。
戦闘となれば喜々として飛び出していく彼が、そのデッキに何を隠し持っていようとおかしくはない。
「アストレイの一機や二機、たしなみであろう」
さらり、と彼はそう付け加える。
「それと、お前とストライクの相性がよかった養田からの。予備機を組み立てさせておるわ。外見は変えさせているがの」
ミナが聞いたらどう反応するのか怖いようなセリフを、彼はさらりと口にする。
「ギナ様……」
いいのだろうか、それで。そう思わずにいられない。
「キラとあれらの残したデーターをパトリック・ザラの手に渡さぬことが最優先であろう?」
いずれは渡さなければいけないデーターではある。しかし、と彼は続けた。
パトリック・ザラとその周囲にいる者達だけはだめだ。
ギナはきっぱりとした口調でそう言いきる。それがどうしてなのか。カナードも知っている。
「わかっています」
何があろうと、あの優しい人たちを死なせる原因を作ったものを許せるはずがない。
同時に、とカナードは心の中で呟く。
自分が馬鹿な意地を張っていなければ彼らを失うことはなかったのだろうか。そうすれば、キラを悲しませることはなかったのかもしれない。
「それより、お前は何をしに来たのだ?」
キラ達のそばにいると思っていたのに、とギナが問いかけてくる。
「パンケーキを食べたいと言われたので、キッチンへ行くところですが?」
久々のおねだりだから、と付け加えなくても、ギナには伝わったのだろう。
「そうか。あの子が自分から『食べたい』というのは珍しいからの。カガリがそばにいるようだし、ここならば多少離れても大丈夫か」
だが、とギナは続ける。
「できるだけ早々に戻れ。私はさらに情報を集めてくる」
いいな、と念を押されてカナードは首を縦に振って見せた。
「あぁ、忘れておった。キラの好きなケーキも用意しておる。食べられるようなら食べさせるがいい」
少しでも、と彼は続けた。
「わかっています」
少しでもカロリーを取らせておきたいのは自分も一緒だ。これから何が起きるかわからない以上、なおさらだろう。
「あいつまで出てこないことを祈りますよ」
別の意味で厄介だ、とカナードは吐き捨てる。
「うまく動かせば、あちらが混乱してくれるだろうがな」
にやり、と笑いながらギナは言い返してきた。
「ともかく、ラウ達が情報をつかむのを待つしかあるまい」
それでなければその場で対処をするか、だ。
「どちらにしろ、私とお前がいればあの二人ぐらいは守れよう。カガリも、自分の身ぐらいは守れるであろうからな」
「そうですね。キラを抱えさせておけばいいだけのことです」
カガリならば、それで周囲を見る余裕ができるだろう。もっとも、キラがおとなしく抱えられているかどうかは別問題だが。
「そんなところであろうの」
何事もなければそれが一番だが。ギナのその言葉に、カナードもうなずいて見せた。