空の彼方の虹
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家に帰っても、出迎えてくれるのは使用人だけだ。それは母が亡くなるまえから変わらない。
「月にいた頃はよかったな」
荷物を執事に預けた後でアスランはそう呟く。
あの頃は、いつでもそばにキラがいてくれた。
家に母がいないときも、キラの母が笑顔で迎えてくれた。たまに顔を合わせるカガリとはしょっちゅぶつかっていたが、悪い気はしなかった。
しかし、今の生活は、静かだが寒々としている。
「結局、父上は俺がいなくてもいいんだ」
いや、正確には違う。
ザラ家の跡取りが自分ではなくてもいいのだ。
それが理解できたときから、アスランは父に肉親の情を期待することをやめた。少なくとも、母が自分を愛してくれていたことだけは間違いない事実だから、だ。
しかし、その母もいない。
それでも我慢できていたのは、キラ達が生きている、と信じていたからだ。
この戦争さえ終われば、再会することができる。
それだけが自分の支えだったのに、だ。
「キラがもういないなんて」
いくらカガリがそう主張したとしても、信じられるはずがない。
何よりも、あの《キラ》がいるのだ。
しかし、確かに自分達よりも小さい。これが一年程度であればごまかしていると言えるかもしれない。だが、三年となれば自分達の年代であれば難しいだろう。
そして、あのキラは自分の記憶の中にある姿のままだ。
つまり、年齢通りの姿だと言っていい。
「……何か、理由があるに決まっている」
そこに、とアスランは呟く。
しかし、それはなんなのだろうか。
「本人に確かめるのも難しいしな」
近づくこともできない以上、とため息をつく。
つまり、自分はこのもやもやを解消する方法を持っていない、と言うことだ。あるいは、一生、抱いていかなければいけないかもしれない。
だが、それはそれでいいのか、とアスランは苦笑を浮かべた。
それは自分がどれだけ彼を好きだったかという証拠だろう。
「でも……俺は、真実を知りたい」
何故、キラが死ななければいけなかったのかも含めて、だ。
「そのためにも、あいつに会わないと」
キラは無理でもカガリには。そう呟いていた。
投げ捨てるように書類をデスクの上に置く。
「デュランダルも強情な」
子供一人を差し出せばいいだけのことを、とパトリックはため息をつく。
「別段、危害を加えようというわけではないものを」
ただ、確認したいことがある。それだけのことだ。
しかし、何故かデュランダルはこちらの要請を受け入れようとはしない。
「ロンド・ギナ・サハクがいるからではありませんか?」
そばにいたものがこう口にする。
「彼に遠慮しているのかもしれません」
ロンド・ギナ・サハクを怒らせると厄介なことになる。それがわかっているからこそ、ギルバートはパトリックの要求を突っぱねているのではないか。彼はそう続けた。
「現在の我々に取ってみれば、オーブからの輸入が途絶えるのは非常にまずいかと」
さらに彼は付け加える。
「それは否定できんが……」
だとするならば、ばれないようにすればいいだけのことではないか。
「せっかく、我々の未来が手に入るかもしれぬのに」
それとも、ギルバートもそれを知っていて独占しようとしているのか。ふっとそんな疑念がわき上がってくる。
「可能性は否定できないな」
ギルバートの専門は遺伝子工学だ。当然、あれのことも知っているはず。
「もちろん、それだけで危険人物というわけにはいかないだろうが……」
監視させておいた方がいいかもしれない。パトリックはそう呟いていた。