空の彼方の虹
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夜になれば、どうしても恐怖がよみがえってくる。
「カナード兄さんがいてくれればいいのに」
そうすれば、彼のベッドに潜り込むことができるだろう。そして、彼の心臓の音を聞いていれば、どんな不安もかき消すことができるのだ。
もちろん、ギナやレイ達もそうしてくれてかまわないと言ってくれている。しかし、これ以上迷惑をかけるのは申し訳ないのではないか。そう考えてしまうのだ。
そのくらいなら、一人で我慢している方がいい。
心の中でそう考えると、キラは布団の中で自分をしっかりと抱きしめる。
「大丈夫。すぐに朝になるから」
明けない夜はない。
どんなときでも、必ず朝が来る。
だから、目をつぶって夢の国に行きなさい。
そこには楽しいことが待っているわ。
母の声が脳裏に響いてくる。
自分が夜を怖がって泣いているときにはいつも、こうささやいてくれた。それでようやく、自分は眠ることができたのだ。
彼女の声を聞くことができなくなって、もう、どれだけの時間が過ぎたのだろう。
それでも、彼女の言葉は自分を救ってくれる。
自分に暗示をかけるようにそう呟く。
「朝になったら、みんなの顔を見られるから」
そうしたら、きっと安心できる。うまくいけば、カナードと話しもできるだろう。
だから、大丈夫。
心の中でそう繰り返すと目を閉じた。
大丈夫、明けない夜はない。
明日になれば、楽しいことが待っている。
その前に、夢で楽しいことを考えよう。
キラは何度も何度もそう繰り返しながら、眠りの中に落ちていった。
そのとき聞こえた、母の子守歌は錯覚だったのか。
キラにも、それはわからなかった。
「やはり、無理をしているようですね」
キラの様子をそっと確認していたギルバートがそう呟く。
「全く……あの子も妙なところで頑固だからの」
ギナはそう言ってため息をつく。
「姉上であれば、うまくごまかして添い寝をするのだが……私では難しいな」
同じ顔をしているが、やはりミナは女性なのだ。だから、キラも無意識に母を重ねてしまうのだろう。
「こうなると、やはり、カナードをそばに置かねばなるまいが」
「こちらに連れてくるのは難しいですね」
やはり、ストライクに乗っていたのがまずかった。ギルバートはそうため息をつく。
「カガリ嬢のことがありますから、捕縛をされることはないと思いますが……」
それでも、強硬な意見を口にしている者達もいる。
「あれをどうこうしようとした時点で、我らは強硬手段に出るがな」
その気になれば、キラとカナード達をつれて、今すぐオーブに帰ってもかまわないのだ。それをしないのは、目の前の者達がいるからに他ならない。
「そうならないように根回しをしております」
苦笑とともにギルバートが言葉を返してくる。
「幸い、こちらに味方をしてくださる方もいますから。ただ、あちらが強攻策にでなければ、の話ですがね」
「だが、カナードは大使館預かりになるはずであろう?」
強硬手段に出ると言うことは、オーブと敵対してもよいと言うことではないか。その覚悟があるのか、と思わずにいられない。
「はい。ただ、それを認めたくない方がいらっしゃるだけですよ」
困ったものです、とギルバートがため息をついてみせる。
「とりあえず、大使館の方が落ち着きましたら、あの子もそちらに行けるように手配しておきましょう」
その方がギナも安心できるのではないか。言外に彼はそう告げた。
「私以上にカナードがな」
それで、しばらくはおとなしくしているだろう。その間に対策を練ればいいか。
何よりも、二人一緒にいてくれれば守りやすい。
そう考えながら、ギナは部屋の中にいるキラへと視線を向けた。
小さな体は、ようやく眠りに包まれたらしい。この眠りだけは守ってやりたい。そう考えていた。