空の彼方の虹
70
キラの腕に点滴の針を刺す。
「軽い脱水症状だよ。そのまま、少し眠っていれば、すぐによくなる」
そして、彼の顔をのぞき込むようにして、ギルバートはこう言った。
「はい」
それに、彼は小さくうなずいてみせる。
「私たちは隣におる。何かあれば呼ぶがいい」
さらにギナがこう声をかけた。それだけではない。彼はキラの目の上に手をかざす。その下で彼はそっと目を閉じたのがわかった。
緊張が解けたのだろう。キラの口からはすぐに寝息がこぼれ落ちる。
しばらく、そんなキラの様子を確認し、彼が起きないという確証を得たところで、ギルバートはギナを隣の部屋へと移動を促す。
そこには一足先に手当を終えたレイが待っていた。
「さて……詳しい話を聞かせてもらおうか」
こう告げれば、礼は小さくうなずいてみせる。
「でも、俺にもよくわかりません。すぐにキラさんとセーフティルームに駆け込んだので」
襲撃者については、何も見ていない。そう彼は続ける。
「だろうね」
そちらに関しては使用人をはじめとする者達の話で十分だ。監視カメラもあるし、と微笑む。
「キラの様子はどうだった?」
不意にギナが口を挟んでくる。
「あれには辛い状況だったのであろう?」
彼の言葉に、レイは小さくうなずく。
「途中から手足が冷えて……震えが止まらなくなりました」
抱きしめる以外にできなかった、とレイは悔しげに続ける。
「安心するがいい。私でも同じことしかしてやれぬ」
キラが無条件で安心できるのは、カナードのそばだけだろう。ギナは静かな声音で告げる。
「あれらの絆は、私とミナのものよりも強いからな」
ムウとラウのそれと同じか、それ以上かもしれない。そう彼は続けた。
その瞬間、レイが瞳を揺らす。そこで自分の名前が出てこなかったのが不満なのだろうか。
「あきらめなさい、レイ。その絆は一緒に過ごす時間が長い方が強まるからね」
そう言った意味で、レイが他の者達よりも劣っているのは当然なのだ。
「それでも、ラウは君のことがわかっている。それで十分ではないのかね?」
他の者達にはわからないことも、ラウはすべてわかっている。それは、彼がレイと同じ部分を多く持っているからだ。
「カナードとキラも同じことよ。それにカガリもかもしれんがの」
だからといって、カナードとカガリは同じ存在ではない。そう考えると、あの三人はおもしろい関係だろう。
「ともかく、だ。お前はこれからもあれのそばにいるように」
まだ、あちらがあきらめたとは思えない。その上、アスランまでも戻ってくるのだ。キラがこのまま無事で日常を過ごせるとは思っていない。
むしろ、これからの方が雑音が激しくなるのではないか。
「わかりました」
レイは即座に言葉を口にする。
「俺にはそばにいるしかできませんが、それでいいのでしたら」
さらに彼はそう付け加えた。
「それで十分だよ。大切なのは、キラ君を一人にしないことだからね」
レイがそばにいれば、自分達はとりあえず目の前のことに集中できる。ギルバートはそう言って微笑んだ。
「後は、ラウが来るであろうからの」
本音を言えば、カナード達も一緒にいればなおいいのだが、とギナは呟く。
「それは難しいですね。カナードくんの行動がまずかった」
理由は納得できる。彼の立場であれば、そうする意外になかったと言うこともだ。
それでもすぐに受け入れるわけにはいかない。
プラント側はそう言うしかないのだ。
「わかっておる。だからこそ、我らも黙っておるだろう?」
ギナはそう言い返す。
「ただ、本土との連絡だけは許可してもらわねばならぬな。カガリは、あれでもアスハの後継だ」
無事であることを知らしめなければならないだろう。彼はそう主張する。
「わかっております」
それは何とかしよう。ギルバートはそう言いきった。