空の彼方の虹
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「……いったい、何者か?」
その馬鹿どもの黒幕は、とギナが吐き捨てるように問いかけてくる。
「残念ながら、まだ確定できていません」
ギルバートはそう言い返す。
「ただ、二人は安全な場所に避難しています。あそこに踏み込むのは難しいでしょう」
だから、間に合うはずだ。言外にそう告げた。
「だとよいがの」
自分の目で確認していないからか。ギナはあくまでも懐疑的だ。
「連中にしても馬鹿ではないでしょう。押し入っただけならば周囲に気づかれないかもしれませんが、破壊するとなれば警察が動かないわけにはいきませんからね」
そうなれば、民衆の目に触れる。そこまで行けばもみ消すのは不可能だ。
しかも、目的が《キラ》だと言うならば、なおさらだろう。
子供を誘拐するために強引に押し入ったとなれば非難を受けるのは目に見えているのだ。
「……そこまで己の力を過信していない、と言うことか」
権力があるから大丈夫。そう考える馬鹿かと思っていれば、とギナは笑う。
「さすがにそこまでの権力はないでしょう」
だが、とギルバートは続ける。
「今動いたのはどうしてか。それは気になりますね」
何故、このタイミングなのか。
「確証を得たのでしょうか」
「それはあり得んな」
確証を持っているのは、自分達とウズミだけだ。それを入手できるかはずもない。
「あの子のDNAを解析したのでしょうか」
「だとしても、本人ではないと言い切れるからな」
コーディネイターだからこそ、とギナは言い切る。
「……問題は、最初から相手にそれを信じる気がない、と言うことでしょうか」
」
だから、厄介なのだ。ギルバートはそう言ってため息をつく。
「ともかく、これからのことに関しては何をしても口を出すな」
殺さなければよいのであろう? とギナは笑う。
「確かに。尋問さえできれば何も問題はありませんね」
そして、目的が《キラ》だと白状してくれればなおいい。それを盾にあの子をオーブに戻すことも可能だろう。
だが、それでも《彼》がごねてくれる可能性は否定できない。
「しかし、カナードがまだこちらについていなかったのは幸いかもしれん」
彼がいたら、相手に人死にが出ただろうから。その言葉にギルバートもうなずくしかない。
「どちらにしろ、これで交渉が進むか。それとも、二国間の関係が悪化するのか。どうなのだろうな」
ギナがため息とともに言葉を口にする。
「ラクス様が彼らと一緒に戻ってこられますからね。こちらに有利になると思いますが」
だから焦っているのかもしれない。ギルバートは心の中でそう呟く。
「あぁ、見えてきましたね」
自宅が、と口にした。
「ここで下ろせ」
その瞬間、ギナがこう言ってくる。
「ギナ様?」
「あちらのことだ。この車が近づくのを邪魔してくれるだろうからの」
自分一人であればなんとでもできる。彼はそう言って笑った。
「好きにしてよいのだろう?」
さらに彼はそう付け加える。
「わかりました。お任せします」
言葉を返すと同時に、ギルバートは車を止めさせた。
「後からゆっくりと来るがいい」
そう言い残すと、彼は車から降りる。その手には武器になるようなものはないように見えた。
「ギナ様?」
「心配するな。銃は持っている」
それ以上の武器は過剰防衛になるからな。そう続ける彼の言葉にうなずくしかできない。
「お気をつけて」
ギルバートの言葉に彼は小さく首を縦に振ってみせる。そのまま、足早に歩き出した。
「さて……我々はいつも通りのルートで帰ろうか」
そうすれば、こちらに人目を集めることも可能だろう。そう考えている間にも、また、車は動き出した。